無言で自分を見つめる龍宗に気をよくした玉祥は、正面に座っていた明貴に声をかけた。
「孟徳妃は、舞の名手でございますのよ。明貴、どうです? 陛下のために一指し舞って差し上げては」
「まあ、玉祥様。わたくしの舞など、雨の巫女である皇后様に叶うものでは」
「雨を呼ぶなどと言われますが、そんな陰気な舞よりもずっと明貴の舞の方が華やかで美しいわ」
璃鈴を小馬鹿にしたような物言いに、龍宗は気色ばむ。だが、隣に座っている玉祥も正面にいた明貴も舞の話に夢中で、龍宗が気を悪くしたことに気づいていなかった。
「では、朱賢妃の琵琶があれば」
明貴が顔を向けると、素香が黙ってうなずいた。元来、無口な質らしい。すぐに侍女が、調節済みの琵琶を素香に渡す。
ちょうど卓から見やすい位置には、舞うのにちょうどいい場所が開いている。舞の件も、思いついて口にしたわけではなく、おそらく最初から仕組んであったものだろう。
椅子を持ってくると、素香はぽろんと琵琶を奏で始めた。それに合わせて、扇子を持った明貴が舞い始める。
最初は斜にかまえて見るともなしに見ていた龍宗だが、その見事な舞と音色についつい顔をあげていた。
さすがに、後宮の四妃に選ばれるだけの女性達だ。官吏のつながりが強いというだけではなく、一人一人が十分に皇帝の妃としてその役割を果たせるだけの能力を持っていた。いや、むしろそのためにあらゆる教育を受けて育てられたのだろうと、龍宗は気づく。
一通りの舞が終わると、龍宗は素直に感嘆の言葉を口にした。
「流麗だな」
「恐れ入ります」
「日龍伝か。輝加創記では、三指にはいる有名な舞だが、舞にしろ琵琶にしろ、ここまで仕上げられるものは国でもそうはいまい。素晴らしかったぞ」
明貴は得意げに顔を上げた。
「お褒めの言葉をいただき、光栄ですわ。周淑妃の水姫伝も実に見事でございます。ぜひ、次の機会にご覧になってくださいませ」
「ほう」
感心する龍宗に礼をすると、二人はそれぞれの席へと戻る。龍宗はその様子から、三人の力関係を推し量ることができた。
「わたくしたち、後宮でもよくこのように共に舞を楽しんだりしておりますの。ぜひ今度陛下もいらっしゃってください」
豊かな胸元を龍宗に押し付けて、玉祥がしなだれかかってきた。自分の色香を熟知した仕草にも、龍宗は笑みも浮かべずに立ち上がる。
「考えておこう」
それだけ言うと、飛燕と一緒にその場を後にした。
残された玉祥たちの前に、影から様子をうかがっていた一人の官吏が現れる。
「どうだ。陛下の様子は」
それは、礼部の周尚書だった。
「他愛もないですわ、お父様」
玉祥は、手にした梨を口に入れながら答えた。
「あっさりと私の色香に落ちましてよ? 頑固だ短気だと聞いておりましたが、あれはたんに女慣れしていないだけではありませんこと?」
龍宗に対していた態度から一変して、玉祥は冷たい声で言った。
「そうかもしれんな。だからあんな子供のような皇后に熱をあげているのだろう」
「私たちがいれば、皇后などもう目に入らなくなるのも時間の問題ですわ。ねえ、明貴、素香」
二人もそろってうなずく。明貴は、ふん、と鼻をならした。
「孟徳妃は、舞の名手でございますのよ。明貴、どうです? 陛下のために一指し舞って差し上げては」
「まあ、玉祥様。わたくしの舞など、雨の巫女である皇后様に叶うものでは」
「雨を呼ぶなどと言われますが、そんな陰気な舞よりもずっと明貴の舞の方が華やかで美しいわ」
璃鈴を小馬鹿にしたような物言いに、龍宗は気色ばむ。だが、隣に座っている玉祥も正面にいた明貴も舞の話に夢中で、龍宗が気を悪くしたことに気づいていなかった。
「では、朱賢妃の琵琶があれば」
明貴が顔を向けると、素香が黙ってうなずいた。元来、無口な質らしい。すぐに侍女が、調節済みの琵琶を素香に渡す。
ちょうど卓から見やすい位置には、舞うのにちょうどいい場所が開いている。舞の件も、思いついて口にしたわけではなく、おそらく最初から仕組んであったものだろう。
椅子を持ってくると、素香はぽろんと琵琶を奏で始めた。それに合わせて、扇子を持った明貴が舞い始める。
最初は斜にかまえて見るともなしに見ていた龍宗だが、その見事な舞と音色についつい顔をあげていた。
さすがに、後宮の四妃に選ばれるだけの女性達だ。官吏のつながりが強いというだけではなく、一人一人が十分に皇帝の妃としてその役割を果たせるだけの能力を持っていた。いや、むしろそのためにあらゆる教育を受けて育てられたのだろうと、龍宗は気づく。
一通りの舞が終わると、龍宗は素直に感嘆の言葉を口にした。
「流麗だな」
「恐れ入ります」
「日龍伝か。輝加創記では、三指にはいる有名な舞だが、舞にしろ琵琶にしろ、ここまで仕上げられるものは国でもそうはいまい。素晴らしかったぞ」
明貴は得意げに顔を上げた。
「お褒めの言葉をいただき、光栄ですわ。周淑妃の水姫伝も実に見事でございます。ぜひ、次の機会にご覧になってくださいませ」
「ほう」
感心する龍宗に礼をすると、二人はそれぞれの席へと戻る。龍宗はその様子から、三人の力関係を推し量ることができた。
「わたくしたち、後宮でもよくこのように共に舞を楽しんだりしておりますの。ぜひ今度陛下もいらっしゃってください」
豊かな胸元を龍宗に押し付けて、玉祥がしなだれかかってきた。自分の色香を熟知した仕草にも、龍宗は笑みも浮かべずに立ち上がる。
「考えておこう」
それだけ言うと、飛燕と一緒にその場を後にした。
残された玉祥たちの前に、影から様子をうかがっていた一人の官吏が現れる。
「どうだ。陛下の様子は」
それは、礼部の周尚書だった。
「他愛もないですわ、お父様」
玉祥は、手にした梨を口に入れながら答えた。
「あっさりと私の色香に落ちましてよ? 頑固だ短気だと聞いておりましたが、あれはたんに女慣れしていないだけではありませんこと?」
龍宗に対していた態度から一変して、玉祥は冷たい声で言った。
「そうかもしれんな。だからあんな子供のような皇后に熱をあげているのだろう」
「私たちがいれば、皇后などもう目に入らなくなるのも時間の問題ですわ。ねえ、明貴、素香」
二人もそろってうなずく。明貴は、ふん、と鼻をならした。