靴音も荒く歩いていく龍宗のあとを、飛燕は早足でついて行く。
「お待ちください、陛下」
「くだらん時間をつぶした。今度議案を持ってくるときは、しっかりと礼部で吟味して今回よりもましな内容にしろと周尚書に伝えておけ」
相談したい議案があるとわざわざ出向いてみれば、まるで中味のない案件だった。龍宗の質問にろくに答えることもできずにあたふたする礼部尚書をおいて、龍宗は早々に用意された部屋を退出したところだ。
飛燕も、首をひねる。
「おかしいですね。確かに新しい教育機関のことについては次の議案書に入れる予定でしたので、その精査だと思ったのですが……」
「あれでは、議論に値するとも思えない。一体周尚書は何を考えて」
「まあ、龍宗皇帝陛下」
ふいに声をかけられて、龍宗は振り向いた。
そこにいたのは、数人の侍女を連れた三人の女性だった。彼女たちは龍宗の姿を見て、優雅にその場で礼をとる。
「お初におもめじいたします。この度淑妃として入宮いたしました、周玉祥と申します」
「徳妃の、孟明貴です」
「賢妃、朱素香にございます」
女性たちはそれぞれあでやかに笑むと、龍宗に頭を下げた。
その顔ぶれを見て、龍宗の顔から表情が消える。背後で飛燕がぼそりと呟くのが聞こえた。
「なるほど。こういうことですか」
龍宗は、軽く舌打ちをする。
(淑妃は、周尚書の娘か。孟、朱、は確か同期の……)
どうやら、なかなか後宮に足を向けない龍宗に業をにやした官吏たちが、妃たちと顔を合わせるように仕組んだらしい。
「陛下、わたくしたちこれからあちらの庭園でお茶会ですの。どうぞ陛下もご一緒に」
「俺は」
「それはいいですね。ぜひ、ご一緒させてください」
即答で断ろうとした龍宗の言葉を遮って、飛燕が答える。じろりと睨まれて、飛燕は龍宗に耳打ちした。
「皇后様以外に通えとお勧めはいたしませんが、こちらの方々は官吏ともつながりが深い方もございます。せめて、お茶くらいはつきあってさしあげてくださいませ。あまり無下に断られるのも、今後の皇后様のお立場を考えれば得策ではないかと思います」
璃鈴のため、と言われれば、龍宗も弱い。確かに飛燕の言うとおり、後宮内の管理は皇后である璃鈴も大きくかかわっている。
しぶしぶついていくと、あざやかな迎春花がきれいに並んでいる庭に、すでに豪華な卓が用意されていた。
なにもかもがお膳立てされていたと知って、龍宗は苦虫をかみつぶしたような顔になる。飛燕はそれを後ろでひやひやしながら見ていた。
龍宗を座らせると、玉祥は当然のようにその隣に座る。龍宗の前には、見事な細工物の食器がずらりと並び、ところせましと色とりどりの菓子などが並べられていた。
皮肉交じりに龍宗が聞く。
「このような立派な茶会に、皇后は一緒ではないのか?」
「ええ。お誘いしたのですけれど、そっけなく断られてしまいましたわ。わたくしたちはみな皇后様とも懇意になりたいと思っていますのに、案外と冷たいお方ですのね」
憂う表情で玉祥が悲し気にまつげを震わせる。大人の色気を放つ艶やかな美妃だった。
周尚書の娘だということでただの縁故の入宮かと思っていたが、どうやらそれだけでもないらしい。さすがに淑妃に選ばれただけのことはある、と、他人事のように龍宗は感心する。
「お待ちください、陛下」
「くだらん時間をつぶした。今度議案を持ってくるときは、しっかりと礼部で吟味して今回よりもましな内容にしろと周尚書に伝えておけ」
相談したい議案があるとわざわざ出向いてみれば、まるで中味のない案件だった。龍宗の質問にろくに答えることもできずにあたふたする礼部尚書をおいて、龍宗は早々に用意された部屋を退出したところだ。
飛燕も、首をひねる。
「おかしいですね。確かに新しい教育機関のことについては次の議案書に入れる予定でしたので、その精査だと思ったのですが……」
「あれでは、議論に値するとも思えない。一体周尚書は何を考えて」
「まあ、龍宗皇帝陛下」
ふいに声をかけられて、龍宗は振り向いた。
そこにいたのは、数人の侍女を連れた三人の女性だった。彼女たちは龍宗の姿を見て、優雅にその場で礼をとる。
「お初におもめじいたします。この度淑妃として入宮いたしました、周玉祥と申します」
「徳妃の、孟明貴です」
「賢妃、朱素香にございます」
女性たちはそれぞれあでやかに笑むと、龍宗に頭を下げた。
その顔ぶれを見て、龍宗の顔から表情が消える。背後で飛燕がぼそりと呟くのが聞こえた。
「なるほど。こういうことですか」
龍宗は、軽く舌打ちをする。
(淑妃は、周尚書の娘か。孟、朱、は確か同期の……)
どうやら、なかなか後宮に足を向けない龍宗に業をにやした官吏たちが、妃たちと顔を合わせるように仕組んだらしい。
「陛下、わたくしたちこれからあちらの庭園でお茶会ですの。どうぞ陛下もご一緒に」
「俺は」
「それはいいですね。ぜひ、ご一緒させてください」
即答で断ろうとした龍宗の言葉を遮って、飛燕が答える。じろりと睨まれて、飛燕は龍宗に耳打ちした。
「皇后様以外に通えとお勧めはいたしませんが、こちらの方々は官吏ともつながりが深い方もございます。せめて、お茶くらいはつきあってさしあげてくださいませ。あまり無下に断られるのも、今後の皇后様のお立場を考えれば得策ではないかと思います」
璃鈴のため、と言われれば、龍宗も弱い。確かに飛燕の言うとおり、後宮内の管理は皇后である璃鈴も大きくかかわっている。
しぶしぶついていくと、あざやかな迎春花がきれいに並んでいる庭に、すでに豪華な卓が用意されていた。
なにもかもがお膳立てされていたと知って、龍宗は苦虫をかみつぶしたような顔になる。飛燕はそれを後ろでひやひやしながら見ていた。
龍宗を座らせると、玉祥は当然のようにその隣に座る。龍宗の前には、見事な細工物の食器がずらりと並び、ところせましと色とりどりの菓子などが並べられていた。
皮肉交じりに龍宗が聞く。
「このような立派な茶会に、皇后は一緒ではないのか?」
「ええ。お誘いしたのですけれど、そっけなく断られてしまいましたわ。わたくしたちはみな皇后様とも懇意になりたいと思っていますのに、案外と冷たいお方ですのね」
憂う表情で玉祥が悲し気にまつげを震わせる。大人の色気を放つ艶やかな美妃だった。
周尚書の娘だということでただの縁故の入宮かと思っていたが、どうやらそれだけでもないらしい。さすがに淑妃に選ばれただけのことはある、と、他人事のように龍宗は感心する。