「ねえ秋華、何かやることないかしら」
昼餉を終えた璃鈴が、大きく伸びをしながら言った。皇后としてはあまり褒められた格好ではない。
後宮に入った璃鈴には、今のところ夫を待つ以外にやることは何もない。本来行動的な璃鈴は、一週間で後宮の生活に飽きてしまった。
妃嬪がもっと大勢いれば、茶会をしたり宴を催したりすることもできるが、この後宮にはまだ璃鈴しか妃はいない。里にいた時のように、女同士でおしゃべりを楽しむようなこともまだできない。秋華は秋華で侍女としての仕事に忙しく、一日璃鈴と話し込んでいるわけにもいかない。
なにより、璃鈴が相手をするべき龍宗が、初夜に訪れたきりであれから顔を見せてはいなかった。
「やること……ですか」
一人で体操を始めた璃鈴を見ながら、秋華は苦笑して言った。
「では、刺繍など、いかがですか?」
「そういうのじゃなくて。もっとこう……わくわくするというか……」
「陛下に歌などお読みになっては?」
「えー……」
わざと璃鈴の意図を外して答える秋華に、璃鈴はふてくされた顔をする。
だが、周りの雰囲気に気づいていない様子の璃鈴に、秋華は安堵した。
璃鈴は気づいていないが、新婚の妻のもとに夫がおとずれたのが初夜のたった一晩きりということで、まわりの女官たちの璃鈴を見る目がどことなくそらぞらしくなってきていた。
たとえ皇后といえど、陛下の寵愛を得られないならこの後宮ではなんの力も持てないただの小娘だ。
「早く陛下がいらせられたらよいのですけれど…」
ぽつりと言った秋華に、璃鈴が、ぱ、と顔を輝かせる。
「ねえ。陛下がいらっしゃらないなら、こちらから会いに行きましょうよ」
「だめです」
「なんで?」
「なんでって……陛下は、毎日遊んでいるわけではないのですよ? 特に今はお仕事がお忙しいらしいですから、お邪魔になるようなことは慎まないと」
「ちょっと顔見るくらいならいいじゃない。もし会えなくても、宮城の方はまだ行ったことないんだもの。ずっとここに籠っていてもやることがないわ」
「皇后はそれでいいんです! とにかくっ、私は尚宮に呼ばれておりますので行ってまいります。璃鈴様はおとなしく書でも読んでいてください」
そう言って秋華は部屋を出て行った。
一人で部屋に残された璃鈴はちらとも書に視線を走らせることなく、庭への扉をあけた。
「部屋にいろとは言われてないもんね」
たとえ後宮内といえど、璃鈴が出歩くときには必ず秋華がついていてくれた。後宮の妃とはそういうものらしい。
一人でも大丈夫なのに、と思いながら紅華は庭にでる。
「うん。やっぱりこの景色は悪くないわね」
璃鈴の部屋の前には、見事な庭石や各種の木が植えてある風流な庭があり、その向こうには大きな池があった。ところどころに水草の生えている池は澄んで美しく、自分の部屋から見えるこの景色を璃鈴は気に入っていた。
部屋の反対に位置する湖上には、小さな神楽がある。することもない璃鈴は、その池の周りを散歩することを最近の日課としていた。
今日もその道を歩いていると、璃鈴はこちらへ向かってくる数人の人影に気づいた。みんななにやら手に荷物を抱えている。
昼餉を終えた璃鈴が、大きく伸びをしながら言った。皇后としてはあまり褒められた格好ではない。
後宮に入った璃鈴には、今のところ夫を待つ以外にやることは何もない。本来行動的な璃鈴は、一週間で後宮の生活に飽きてしまった。
妃嬪がもっと大勢いれば、茶会をしたり宴を催したりすることもできるが、この後宮にはまだ璃鈴しか妃はいない。里にいた時のように、女同士でおしゃべりを楽しむようなこともまだできない。秋華は秋華で侍女としての仕事に忙しく、一日璃鈴と話し込んでいるわけにもいかない。
なにより、璃鈴が相手をするべき龍宗が、初夜に訪れたきりであれから顔を見せてはいなかった。
「やること……ですか」
一人で体操を始めた璃鈴を見ながら、秋華は苦笑して言った。
「では、刺繍など、いかがですか?」
「そういうのじゃなくて。もっとこう……わくわくするというか……」
「陛下に歌などお読みになっては?」
「えー……」
わざと璃鈴の意図を外して答える秋華に、璃鈴はふてくされた顔をする。
だが、周りの雰囲気に気づいていない様子の璃鈴に、秋華は安堵した。
璃鈴は気づいていないが、新婚の妻のもとに夫がおとずれたのが初夜のたった一晩きりということで、まわりの女官たちの璃鈴を見る目がどことなくそらぞらしくなってきていた。
たとえ皇后といえど、陛下の寵愛を得られないならこの後宮ではなんの力も持てないただの小娘だ。
「早く陛下がいらせられたらよいのですけれど…」
ぽつりと言った秋華に、璃鈴が、ぱ、と顔を輝かせる。
「ねえ。陛下がいらっしゃらないなら、こちらから会いに行きましょうよ」
「だめです」
「なんで?」
「なんでって……陛下は、毎日遊んでいるわけではないのですよ? 特に今はお仕事がお忙しいらしいですから、お邪魔になるようなことは慎まないと」
「ちょっと顔見るくらいならいいじゃない。もし会えなくても、宮城の方はまだ行ったことないんだもの。ずっとここに籠っていてもやることがないわ」
「皇后はそれでいいんです! とにかくっ、私は尚宮に呼ばれておりますので行ってまいります。璃鈴様はおとなしく書でも読んでいてください」
そう言って秋華は部屋を出て行った。
一人で部屋に残された璃鈴はちらとも書に視線を走らせることなく、庭への扉をあけた。
「部屋にいろとは言われてないもんね」
たとえ後宮内といえど、璃鈴が出歩くときには必ず秋華がついていてくれた。後宮の妃とはそういうものらしい。
一人でも大丈夫なのに、と思いながら紅華は庭にでる。
「うん。やっぱりこの景色は悪くないわね」
璃鈴の部屋の前には、見事な庭石や各種の木が植えてある風流な庭があり、その向こうには大きな池があった。ところどころに水草の生えている池は澄んで美しく、自分の部屋から見えるこの景色を璃鈴は気に入っていた。
部屋の反対に位置する湖上には、小さな神楽がある。することもない璃鈴は、その池の周りを散歩することを最近の日課としていた。
今日もその道を歩いていると、璃鈴はこちらへ向かってくる数人の人影に気づいた。みんななにやら手に荷物を抱えている。