そんな『喫茶 ねこまた』ではたびたび奥の部屋から偉そうな話し声がするとおユキちゃんが言っていた。
「中にはサクさんしかいらっしゃらないはずですのに、そのサクさんが何者かと会話をしていますの!」
「聞き間違いと違うか?」
「そんなことありませんわ!」
「でも、ドアを開けても中にはサクさんしかいないのデスヨネ?」
 今日も『喫茶 ねこまた』では女給(じょきゅう)のおユキちゃんと常連客であるナカさん、クリスティーンが会話をしている。今日のお題はたびたび聞こえてくる、奥の部屋から聞こえてくる『サクさんと話している偉そうな声』についてのようだ。
「案外、話し相手はミケ太、やったりしてな」
「ナカさん、猫は喋ったり致しませんわ」
 おユキちゃんにじとりと見られたナカさんは、肩をすくめると冷めてしまった珈琲に口を付けるのだった。
 そんな会話をしていた数日後。
 今日も『喫茶 ねこまた』には常連客の姿があった。女給であるおユキちゃんは、おかわりを所望する二人の要望を伝えるため、奥の部屋へと来ていた。
(あれ? サクさんの部屋の扉、また開いておりますわ……)
 おユキちゃんは慣れた様子でその扉へと近付こうとしたのだが、
「あ、ミケ太! 扉を閉めて行ってくれないかい?」
「分かっている!」
(ミケ太ですって……?)
 聞こえてきた作太郎の声と、それの内容に思わず姿を隠すように気配を殺してしまう。

『案外、話し相手はミケ太、やったりしてな』

 数日前に話していたナカさんの言葉がよみがえる。
(まさか、そんなはずは……)
 おユキちゃんが目を凝らして扉を見つめていると、その隙間からミケ太が姿を現した。そして出てきたミケ太は器用に自らの後ろ足を使ってその扉を、閉めた。
(……!)
 あまりの出来事に驚いたおユキちゃんは、慌てて常連客の二人の元へと駆け戻る。
「見ましたの! 見ましたの!」
「どうしたん?」
「ミケ太がっ! 扉をっ! 閉めましたのっ!」
「はぁ……」
 慌てるおユキちゃんとは対照的に、ナカさんの反応は冷たい。と言うよりも、おユキちゃんの言葉に要領を得ていない様子である。おユキちゃんはそんなナカさんの反応が気に障ったようで、
「だからっ! ミケ太ですのよ! ミケ太が扉を閉めましたのっ!」
「おユキちゃん、順番に話してクダサイ」
 なおも訴えるおユキちゃんをなだめるようにクリスティーンが言う。おユキちゃんは先程見た光景を順に説明していく。
「つまり、ミケ太が猫なのにドアを閉めた、と?」
「しかも、後ろ足で器用に?」