「あぁ~、難儀だった!」
 『喫茶 ねこまた』内の机の上。顔を洗いながらふてぶてしい態度でそう言うのは、行方不明だったミケ太だった。
 あれからマークは自らの船の中へ皆を案内し、隠していたミケ太を返してくれた。
「まーさか、海の上だなんて、俺様だって思ってなかったもんよー」
 ミケ太は顔を洗う手を止めると、目の前の二人の日本人と一人の異国人に対して言う。
「海の上じゃ、さすがの俺様も脱出不可能ってヤツだぜ?」
「の割には、結構寛いでいたように見えましたわ……」
 そうなのだ。
 船に乗った時、ミケ太は船室の一室を丸々自分のものとして、目の前にあるにぼしに食らいついていたのだった。
「いやさ、俺様だって作太郎が心配だったさ?」
 ミケ太はそう言うと、後ろの作太郎を振り仰いだ。作太郎はそのミケ太の顔を優しく撫でてやる。ミケ太は気持ちよさそうにグルグルと喉を鳴らすと、作太郎の手に自らの顔を押し当てていた。
「それで?」
 ナカさんがミケ太に先を促した。ミケ太は作太郎の手に顔を擦り付けながら、
「ん~……? いや、水はさすがに駄目だったよな」
 そう言う。
 作太郎はミケ太の喉元を指先で撫でている。それが相当気持ちいいのか、ミケ太の喉を鳴らす音が大きくなる。
「ま、何にしろ無事にこうして帰ってきてくれて良かったよな」
 ナカさんはミケ太の背中に手を伸ばすとその猫背をゆっくりと撫でる。ミケ太の喉の音が一層大きくなった気がする。
「このたびは、ワタシのマークが、お騒がせシマシタ」
 話を黙って聞いていたクリスティーンが謝罪の言葉を述べ、頭を深々と下げた。それに対して、
「ま、マークも悪いヤツじゃなかったしな! また飲みに来てくれって言っておいてくれ」
 ナカさんはそう言うと、ミケ太の背中をぐしゃぐしゃと撫で回す。ミケ太の喉の音が止んでいき、ミケ太は嫌そうに自分の乱れた背中を眺めると、
「ナカさんよ。いい加減、そのぐちゃぐちゃって撫でるの止めてくれないか? 乱れたところ直すの大変なんだよなぁ……」
 ぶつくさと文句を言いながら自らの背中を舐めていく。そんなミケ太を見ながら、
「ミケ太。もう知らない人のにぼしについて行っちゃ駄目だよ?」
「わーかってるって!」
 作太郎の忠告に、ミケ太は自らの毛繕いをしながら答える。

 こうしてミケ太失踪事件は無事に解決し、『喫茶 ねこまた』にはいつもの日常が戻ってきたのだった。
 この一週間後、ミケ太も交えての九月生まれ誕生日会も無事に開催されることとなった。