明治四二年九月中旬。
 この日の『喫茶 ねこまた』にはいつもの女給(じょきゅう)であるおユキちゃんと常連客のクリスティーンの姿があった。
「ナカさん、遅いですわね」
「きっと、アレを買っているデス」
 クリスティーンの言葉におユキちゃんはなるほど、と納得する。クリスティーンの言うアレとは、ミケ太へのにぼしのことである。ミケ太が自分の正体を暴露してからと言うもの、ナカさんは毎日のようにミケ太へにぼしを持ってきていた。それはもはや、ミケ太への貢ぎ物と言っても過言ではない。
 そんな話をしていると、
「来たで~! ミケ太~!」
 店内に元気な声が響き、噂のナカさんがやって来た。普段ならこの場面で、駆け足でやって来るミケ太だったが、
「ミケ太なら、今はお散歩中でしてよ」
「機を逃してしもうたな」
 おユキちゃんの言葉にナカさんはガックリと肩を落とした。
 そう、今日は朝からミケ太の姿が見えなかったのだ。しかしミケ太が朝から散歩に出かけることなどよくあることだったので、この時は誰も不思議には思っていなかったのだった。
「ナカさん、いつもの珈琲でいい?」
「頼むわ」
 作太郎(さくたろう)はナカさんの注文を聞くと珈琲を煎れるために裏へと行く。その間、二人の常連客とおユキちゃんは何やら話をして盛り上がっている。作太郎が珈琲を持って戻ってくると、
「お、サクさん! サクさんは誕生日いつなん?」
「誕生日? 九月だけど……」
「アメイジング! ここにいる人はみんな、九月生まれデス!」
「え? そうなの?」
 作太郎の疑問に三人がコクコクと一斉に頷く。どうやら誕生月の話で盛り上がっていたようだ。
「今度みなさんと、プレゼント交換がしたいです!」
「ぷれぜんと?」
 ナカさんの疑問に作太郎が誕生日に贈り物を贈り合うことだと説明した。
「面白そうやな!」
 ナカさんは作太郎の説明に乗り気である。
 こうして九月生まれの四人は誕生日を祝い合うことにした。