「つまり、十年前に行き倒れていたミケ太を、東京で助けたのが始まりっちゅーことやな?」
 話を聞き終えたナカさんの言葉に作太郎は頷く。
「突然猫又が現れても動じないとは……、さすが、サクさんですわ……」
 おユキちゃんは少々引きつった表情で言う。もしかしなくても、自分はとんでもない人を好きになってしまったのではないだろうか?
 そんなことを思うおユキちゃんの横で、黙って珈琲を飲んでいたクリスティーンは、
「質問しても良いですカ?」
 そう言って右手を挙げる。作太郎はどうぞ、とクリスティーンに先を促した。
「ねこまたは、悪い猫なのデスカ?」
 クリスティーンの純粋な質問に、おユキちゃんも何度か頷いている。作太郎とナカさんはそんな二人に目を丸くすると、思わずクスッと笑ってしまう。
「な、何ですのっ?」
「いや、悪い悪い」
 おユキちゃんの言葉にナカさんはクスクスと笑いながら謝罪する。そして、
「俺も本物の猫又を見たのは初めてやけど、ミケ太は悪い猫ではないやろう」
 ナカさんは胸を張ってそう言う。その言葉に反応するように、
「俺様が、何だって?」
「ミケ太!」
 全員の視線が声のした窓辺へと集まる。そこには散歩から帰ったばかりのミケ太の姿があった。
 ミケ太はしゅたっと床の上に降り立つと、そのまま作太郎の元へと行く。作太郎は傍に来たミケ太を抱き上げると、その両手両足を濡れ布巾で拭いて、机の上に置いてあげた。ミケ太は作太郎の方に顔を巡らすと、
「作太郎。俺様の話はまだ、終わっていないのか?」
「終わったのだけどね、一応」
「の、割にはみんな納得してないって顔だな?」
 そうなのだ。ミケ太と作太郎の話を聞いた面々はおのおの、実際に喋るミケ太を前に絵に描いたような渋面を作っている。
「見れば見るほど、不思議な生き物やな……」
 ナカさんはそう言うと、ミケ太に手を伸ばしその頭に触れる。柔らかな毛の感触が伝わり、毛並みに沿って頭を撫でていると、
「ま、細かいことは気にしたらあかんな! ミケ太はミケ太や!」
「そうですわね! こんなに愛くるしい猫、ミケ太しかおりませんわ!」
「日本はアメイジングな国デスネ!」
 三種三様に納得している。
 ミケ太がその正体を暴露してからと言うもの、ナカさんは毎日のようにミケ太へにぼしを買い与えた。クリスティーンとおユキちゃんは、ミケ太が体験したという江戸幕末の歴史を聞いては、感嘆の声を漏らしていた。
 そうして日々は過ぎていき、季節は秋へと差し掛かろうとしていた。