作太郎はそこに少々驚いたものの、とりあえず三毛猫の飯になりそうなものを探しに戸棚を漁る。中にはちょうど手頃になりそうなにぼしがあった。作太郎はそのにぼしを持って三毛猫の鼻先に持って行く。
 三毛猫はくんくんとその匂いを嗅ぐと、恐る恐る舌先でペロッとひと舐めする。その味が気に入ったのか、三毛猫は身体を起こすと奥歯を使ってむしゃむしゃとにぼしにかじりついた。そうしてあっという間に一匹のにぼしを平らげてしまう。
「おい、人間。今の魚、もっと持ってこい」
 上体を起こした三毛猫が上目遣いで作太郎を見上げながらそんなことを言う。作太郎は苦笑すると再びにぼしを取るべく席を立った。
 その間、この偉そうな三毛猫は上体を起こすと自らの手をペロペロと舐め始める。どうやら火鉢の前のこの座布団の上が気に入ったようだ。
 作太郎がにぼしを持って戻ってくると、三毛猫は大分回復した様子で、作太郎の手にあるにぼしをギラギラとした目で見つめている。
「そんな目で見なくても、盗んだりしないよ」
 作太郎は苦笑いを浮かべながらにぼしを三毛猫の方へと差し出した。三毛猫は先程の勢いのままかじりつく。そうしてあっという間に二匹目のにぼしも食べきってしまった。
「よっぽどお腹が空いていたのだねぇ。ねぇ、君、名前は?」
「俺様に名前なんてものはない」
 二匹のにぼしを平らげた三毛猫は、満足そうに自身の顔を洗いながら作太郎の疑問に答えた。体調が回復したためか、その尻尾は先程まで二つに分かれていたものが一つとなっている。それに気付いた作太郎が、
「あれ? 尻尾が……」
「お前はあほか? あのまま尻尾が二つに分かれていたら、俺様は自分が妖怪ですって名札をつけて歩いているようなものだろう?」
 一瞬顔を洗う手を止めて、じとりと作太郎を見上げながらそう言うと、三毛猫は再び顔を洗い始める。
「じゃあ、やっぱり君は、妖怪の猫又……?」
「そうだよ」
 目を丸くする作太郎へ猫又の三毛猫は何を当然のことを聞いているのだ? と言わんばかりに顔を洗いながら飄々と言う。作太郎はそんな三毛猫の傍に腰を下ろすと、三毛猫の様子を黙って見守った。どう見ても、言葉を話す以外はただの猫だ。
 三毛猫はその視線が気になったのか、顔を洗う手を休めると、
「おい、人間。お前の名は何という?」
「名前? 作太郎だけど……」
「作太郎。お前に俺様の名付け親になる権利を与えよう」
「え?」
 作太郎が目を丸くしながら言うのに、三毛猫は今度は反対の手で顔を洗いながら言う。
「俺様を助けてくれた礼だ。俺様が直々に傍にいてやると言っている」
 勘違いでも何でもなく、この三毛猫は口が悪い。それでも作太郎にはもう身寄りもなかったので、この三毛猫の申し出を有り難く受け入れることにした。
 作太郎はしばらく考えた後、
「そうだな……。君は男の子の三毛猫だから、ミケ太だ!」
 その言葉を聞いたミケ太の手が止まる。そしてあんぐりと大きく口を開いて、
「安直すぎないか……?」
「簡単な名前の方が覚えられて、愛されるのだよ」
 にこにこという作太郎の言葉に、人選を間違えたか? とミケ太は思うのだった。