一心さんは、母へのお見舞いの言葉と私への気遣いの言葉を口にしたあと、すぐにもと従業員の大場さんに連絡してくれた。大場さんはこころよく私の代理でシフトに入ってくれることになり、私は一週間、茨城に帰ることになった。

 退院するまででいいと断ったのだけど、『お母さまは手が不自由だろうし、退院してからも慣れるまで手伝ってあげたほうがいい』と大場さんが提案してくれたらしい。 母が骨折したのは利き手とは逆の左手なので、二日あれば、左手を固定したままでも生活はできるようになると思う。

「ただいま」

 朝イチの電車に乗ったのだが、実家に帰ると、すでに母は入院準備を終えて病院に向かったあとだった。母がいないだけでがらんとして見える家に荷物を置いて、タクシーではなくバスで病院に向かう。

「お母さん」

 病棟の個室に顔を出したとき、母はすでに入院着を着てテレビを見ていた。

「あら、結」

 振り返った母はいつも通りの明るい笑顔だったのでホッとする。直接顔を見られたことで、昨日からこわばっていた心に、やっと血が通い始めたみたいだ。手のひらのにぶい痛みを感じてやっと、病院に入ってからずっと手をきつく握りしめていたことに気づく。

「よかった、元気そうで……。痛みはないの?」

 ベッドの脇にある椅子に腰かけながら、たずねる。

「痛み止め打ってもらってるから大丈夫。骨が折れてるから、違和感はあるけどね」 左手はギプスで固められていて、動かせないみたいだ。
「お昼前に、主治医の先生から手術の説明があるみたい」
「あ、じゃあ私も一緒に聞くよ」

 お昼まであと一時間以上ある。私は院内にあるコンビニで飲み物とサンドイッチ、母にリクエストされた夫人雑誌を買って戻った。母は「ありがと。テレビだけだと飽きちゃって」と器用に片手だけで雑誌を読み始めた。ここが病室なのを除けば、実家にいる母の姿と変わらない。