礼装用の黒いスーツに白いネクタイ。普段は素のままの短髪は、整髪料でセットされている。ごく普通の結婚式用の装いなのに、それが逆に一心さんの精悍さや整った顔立ちを際立たせている気がする。

 自分はスーツ萌えだったのだろうか、と考えるけれど、元彼のスーツ姿にはなんの感慨も覚えなかったので、そういうわけじゃなさそうだ。普段の板前服とのギャップだろうか。それとも単に、好きな人だから?

 結論を出すと余計に意識しそうだったから、心を無にすることにした。頭の中に、豆大福のぷにぷにの肉球を思い浮かべる。これはなかなか、効果がありそう。

 四葉さんと柚人さんの友人らしき人たちも集まり始めた。夏川杏子先生が、私たちに気づいて手を振りながら駆け寄ってくる。

「みなさん、こんにちは! 来ていらっしゃったんですね」
「はい。まごころ通りメンバーを四葉さんが招待してくださって」
「ふふ。こころ食堂さんは、柚人さんのプロポーズに一役買ったんですものね」

 袖とデコルテがレースになっている紺色のドレスを上品に着こなした夏川先生は、近所の小学校の先生だ。はかなげな美人、という印象だが生徒思いで熱いところもある先生なのだ。四葉さんとは学生時代の友人で、ケーキ屋をまごころ通りに出店することをすすめたアドバイザーでもある。

「今、四葉さんたちは教会で式を挙げている最中でしょうか」

 挙式は親族だけ参列して、そのあと教会の扉を開けて新郎新婦が出てくることになっている。なので、さっきからついつい教会のほうをちらちら見てしまうのだ。

「そうですね……。時間的にはそろそろ終わると思うんですけど。あっ、開いた!」

 夏川先生の声で、周りにいた人たちが教会に注目する。ゆっくりと開く大きな木の扉から、純白のドレスに身を包んだ四葉さんと、その腕を支える、白いフロックコートを着た柚人さんが見えた。遠くからでも、ふたりが満面の笑みを浮かべているのがわかる。