「なにか、お手伝いすることはありますか?」

メニューの文字が見づらかったり、たずねたいことがあるのだろうかと思ったのだが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「……ここでは、あなたが料理を作っているのかい?」

 めっそうもない。そう見えたのならうれしいけれど、私はとても人様にお出しするものは作れない。最近はだいぶ、自炊にも慣れてきたけれど……。「いえ」と首をぶんぶん横に振った。

「私は接客だけで、料理は店主が作っています」
「じゃあ、店主を呼んでくれるかい。心配しなくても、クレームじゃないよ。ちょっと頼みたいことがあるだけさ」

 おばあさんは、私を安心させるように眼鏡の奥の瞳を柔らかく細めた。

「はい、かしこまりました」

 厨房へ行き、おばあさんの言葉をそのままに一心さんに伝えると、特にいぶかしむ様子もなく「わかった」とついてきてくれた。

 アレルギーに対応してほしいとか、お年寄りだと柔らかめに作ってほしいとか、そういった要望を伝えてくる人もいるからだ。もちろん、私を通さず直接一心さんに、という人は珍しいけれど……。

「お待たせしました。店主の味沢です」

 一心さんがカウンターの向こうで頭を下げると、おばあさんは「ほぉ」とつぶやいて一心さんの顔を眺めた。

「ふうん、あなたがそうかい。思ったよりもいい男だね」
「……どうも」

 おばあさんの褒め言葉に、一心さんは面食らったようだ。笑顔を作ろうとして、口の端が引きつっている。

「ここの食堂では、メニューにないものでも作ってくれるらしいね」

 そんな一心さんを愉快そうに見つめて、おばあさんは口を開いた。