「一心さん……? 話し合いで、なにかあったんですか?」
「ああ、実は……。今日の営業が終わったあと、話す時間をもらえるか」
「はい、もちろん」

 笑顔を作ってうなずく私に、「すまない、おむすび」と告げ、一心さんは店内に入っていった。おむすび、というのは私のあだ名で、本名の結から来ている。

「一心さん、どうしたんだろう……」

 ただならぬ様子が気になりつつも、開店準備を終わらせ、二十二時に夜営業もつつがなく終えた。最後に戸締まりを確認していると、厨房の片付けを終わらせた一心さんがカウンターにつながる暖簾をくぐって出てきた。

「あ、一心さん。もう、閉店作業終わります」
「わかった。終わったら、カウンター席に来てくれ」

 一心さんは、厨房からふたつ湯飲みを持ってきて、カウンター席に置いた。
 玄関と窓の戸締まりを確認した私は、湯飲みの置かれた一心さんの隣の席に腰かける。

『だれでも気軽に入れて、たくさんの人に料理を提供できるお店を』という一心さんの思いが詰め込まれたこのお店は、内装も素朴でホッとできるものだ。

 まあるい紙製のランプシェード、薄い木の色でできたテーブルと椅子。入り口から見て左半分が二席ぶんの畳の座敷席で、右半分が三席あるテーブル席だ。右奥に四人がけのカウンター席があるのは、寿司屋を改装して食堂にした名残だ。

「お茶、いただきます」
「ああ」

 三角巾だけ外した板前服姿の一心さんは、お茶にも手をつけずにふーっと長いため息を吐いた。

「あの。それで、話ってなんでしょう?」

 この空気感がやわらぐように、なるべく明るい声でたずねる。