そして、桜もすっかり散り終えた、四月中旬。

「一心さん! これ、見てください!」

 休憩から戻った私が興奮しているのには理由があった。

「おむすび、どうしたんだ」

 暖簾をくぐってカウンターに出てきた一心さんは、怪訝な表情だ。

「これ、さっき猫カフェでもらった商工会の会報なんですけど、ここの記事を見てください」

 私が会報を渡すと、一心さんは姿勢よく立ったまま読み始めた。

「桜まつりの記事だな」

 その部分は、何ページかある中の桜まつり特集のコーナーだった。
 桜むすめのグランプリをとった女性の写真やプロフィール、当日の様子が語られたあと、屋台の記事になる。そこで言及されていたのは、こころ食堂が出していた桜餅だった。

「これは……」

 お客さまのために二種類の桜餅を用意していた店主のおもてなしの心、そしてその味を褒め称える文章が続いている。そして最後にこころ食堂の店舗の紹介を加えたあと、『名前の通り、こころのこもった温かいお店です』という言葉で締めくくられていた。

 一心さんが、「やられたな」と言いながら口角を上げる。

「この記事を書いたのは、佐倉さんだろう」
「きっと、そうですね」

 佐倉さんもまた、一心さんの料理に救われたひとりだということ。私が親子の絆に感じた温かさと同じものを、こころ食堂に感じてくれていたということ。それがとてもうれしかった。

 あの日渡した桜餅はきっと、家に帰ってすぐたくまくんと食べたのだろう。ふたりは、桜まつりの出来事についてどんな話をしたのだろうか。
 その光景を想像すると、私の胸もまた、温かさで満たされるような気がした。一心さんも今、ふたりのことを考えているのだろうか。

 ほかの記事にも目を通している一心さんをちらりと横目で見ると、ぱちっと目が合う。その瞬間、一心さんの表情が柔らかくほころんだ。

「どうした、おむすび」
「い、いえ。なんでもないです」

 不意に向けられた微笑みに胸がドキドキする。

一心さんはやっぱり、春風に似ている。