「――わかった」

 眉間に力を入れて、一心さんはうなずく。私にはそれが、覚悟を決めたような表情に見えて、心臓が大きく動く。
 一心さんは、大事な人と言われて、だれを想像したのだろうか。

「じゃあな。手術が終わって退院したら、また来るよ」

 おやっさんは手を振って帰っていく。どっしりとしたその姿が見えなくなるまで、私たちはその背中を眺めていた。

「おやっさんの手術、うまくいくといいですね」
「ああ、きっと大丈夫だ」

 私と一心さんは、顔を見合わせる。もう、店の中に入ってもいいのに、膠着状態のようにどちらも動かない。

 私――いま、一心さんに伝えなきゃいけないことが、あったはず。

「「……あの」」

 意を決して口を開くと、一心さんとセリフがかぶった。

「おむすび、先に言わせてくれ」
「は、はい」

 一心さんに真剣な顔で見つめられ、思わずうなずいてしまう。ここは、『大事な話なので』と断って、先に言わせてもらうべきだったのかな。
 このあとでもちゃんと告白しなきゃ、と意を決しながら、私は一心さんに向き合う。

 一心さんは長々と深呼吸して、しばらくうつむいて目を閉じたあと、私を見た。

 こんな、なにかを訴えるような眼差しを向けられるのは初めてで、ドキッとする。

「いきなりこんなことを言われて、戸惑うと思うが……。俺がずっと、考えていたことだ」

 深刻な声のトーンに、心臓がうるさく音とたてる。まさか、従業員をクビとか、そういうことではないよね?

「もしそうなったらいいと……。さっきのおやっさんの言葉を聞くまでは、伝える覚悟がなかったんだが」

 一心さんはそこでいったん、言葉を切る。

 先走って悪い話だと思ってしまったが、一心さんの表情に違和感がある。
 少しためらうような……。いや、これは、照れている?