「ふたりそろって見送りなんて、いいのに。今生の別れじゃあるまいし」

 店の外までおやっさんを見送りに出ると、からかうようにそう言って苦笑される。

「縁起でもないことを言うなよ」

冗談だったのだろうけれど、一心さんが本気でむっとしているのでおやっさんは戸惑ったようだ。
 そして、たしなめるように一心さんの肩をぽんぽんと叩く。

「一心。あのリストは、これからひとりで少しずつ埋めていくよ。お前のおかげで、まだまだ生きることになりそうだから」
「おやっさん、じゃあ……」

 一心さんの目が見開かれる。隠せない喜びが声にもにじんでいた。

「ああ。受けるよ、手術。明日、病院の先生に返事をしてくる。ずっと返事を保留にしていたから、先生も気が気じゃなかったろうなあ」
「よ……よかったぁ」

 私が涙声でつぶやき、空気の抜けた風船みたいにしゃがみ込むと、一心さんが「大丈夫か、おむすび」と腕をつかんで起こしてくれる。

「す、すみません。ホッとしたら気が抜けちゃって……」

 〝前に進むための〟肉じゃが定食を完食してくれたときから、おやっさんが生きるつもりなのはわかっていたが、こうしてはっきり聞かされるまでは不安だったのだ。

「俺もそうだが、おむすびのおかげで反応するのを忘れた」

 一心さんも、胸のつかえがとれたような、晴れ晴れとした顔をしていた。

「それと、一心」

 おやっさんが、自分よりも背の高い一心さんの肩をがしっとつかんで、真剣な目で見つめた。

「大事な人がいつまでも自分のそばにいてくれるとは限らない。一心、お前も、後悔しないように生きろ」

 一心さんは、目を見開いておやっさんの視線を受け止めている。

 私にも、おやっさんの言葉が鋭い矢のようにささっていた。大事な人が――一心さんが、いつまでも自分のそばにいてくれるとは限らない。

 もし、明日世界が終わるとしたら。明日一心さんがだれかのものになってしまうとしたら。この気持ちを伝えられるのは、後悔しないでいられるのは、今日だけ。