肉じゃがも、お味噌汁も、お盆の上のごはんをすべて完食したあと、おやっさんは話し始めた。

「一心、さっきお前は、俺がつらいときに助けになれなかったと言ったな」
「……ああ」
「そうじゃない、違うと言ったのは、本当のことだ」
「……でも、現に俺は、おやっさんの事情を今日までなにも知らずにきたんだ」

 一心さんの後悔は、なくならないみたいだった。
 おやっさんは、ふう、と息をついて、カウンターテーブルの上で手のひらを組んだ。

「今まで話さなかったことを……、聞いてくれるか、一心」

 覚悟を決めたような表情のおやっさんを見て、私も背筋が伸びた。一心さんも同じだったのか、姿勢を正してうなずく。

「一心と出会う少し前のことだ。俺は一時退院した妻に、自分の得意料理で妻の好物だった肉じゃがを作ったんだが、そのときはもう、妻は治療の副作用で味覚がわからなくなっていたんだ。俺は落ち込み、なんのために料理を作るのかわからなくなり……もう店を閉めようと思った。そのときなんだ、一心が店にやってきたのは」

 初めて語られる、ふたりが出会ったときの、おやっさん側のストーリー。私と一心さんは、息をするのも忘れておやっさんの話を聞いていた。

「一心はこの肉じゃが定食を食べてくれ、こんな俺に弟子入りしてくれた。これは一心にとってだけじゃなく、俺にとっても思い出の料理なんだよ。一心がいたおかげで食堂を続けることができた。一心に教えることが俺の支えになっていたんだ。俺には子どもがいないけれど、そのかわりに神さまは、一心をよこしてくれたんじゃないか。そんなふうにさえ思った。本当に一心を、自分の息子のように思っていた」
「おやっさん……」

 恩人であり、師匠であり、一心さんがお父さんと敵対していた時期の父親がわりだったおやっさん。家族のように思っていたのは、一心さんも同じだと思う。

「お前に店を譲ってからは、妻の看病に専念でき、ちゃんと看取ることができたんだ」

 声の語尾がかすれ、おやっさんは組んだ手のひらの上に頭をのせた。

「だから……。話さなくても、なにも知らなくても……、お前はいつも、俺のことを救ってくれていたんだ……。あのときも、そして今日も」

 時折言葉につまり、声色に涙をにじませながらも、おやっさんは伝えきり、真っ赤になった目で一心さんを見た。その表情は、笑顔だった。

「……ありがとう、一心」
「それは、こっちのセリフだよ、おやっさん」

 一心さんはカウンター越しに腕を伸ばし、おやっさんの手のひらを自分の両手で包んだ。