「おやっさんは、そのときも、一年間音信不通だったときも……。自分がつらいときはなにも、俺に話してくれないんだな。俺はいつも後から知るばかりで、なにも助けになれなかった」
「一心、そうじゃない。そうじゃないんだよ……」
おやっさんはかぶりを振るけれど、一心さんには伝わっていない。ただ、ふたりの苦しい思いだけがこの場所にうずまいていて、心がひりひりするようだった。
「リストの話だが……。病床の妻を励ますのに、いろんな店を調べては、退院したらここに行こう、これを食べようと話していてね。食べることが好きな妻は、そのときだけは笑顔を見せてくれた」
どうしてだろう。私はおやっさんの奥さんの顔を知らないのに、病院のベッドで腰をあげる奥さんと、そのそばに寄り添うおやっさんの光景が目に浮かぶ。
おやっさんの膝の上にはメモ帳があって、そこにはおやっさんの字でたくさんの店の名前やメニューの名前が書いてある。
テレビで見たり、雑誌で読んだり……。きっと、わざわざ本屋さんや図書館に行ったりもしたのだろう。そうして集めた、奥さんの喜びそうなお店。
行きたい店がひとつ増えるごとに、奥さんの寿命も延びる気がして、おやっさんは賢明になってリストを増やしていったに違いない。あの、切り抜きや付箋でぱんぱんにふくらんだメモ帳には、おやっさんの願いがつまっている。『治ってほしい、なるべく長く生きてほしい』と願ったたくさんの思い。
「俺たち夫婦には子どもがいない。妻が亡くなって、これで自分も……と思ったとき、このリストを思い出した。できる限り多くの店をまわって、その話を天国への手土産に持っていくのもいいんじゃないか、そう思った。妻が叶えたかった夢を、かわりに叶えようと」
おやっさんの『行きたい店リスト』は『死ぬまでにやりたいことリスト』だったんだ。生き急いでいるような違和感も、これで説明がつく。一度にたくさんの店をまわろうとしていたのも、自分の寿命が長くないと知っていたから。
こんな真実、あまりにも悲しすぎる。でも……。
一心さんは、まだ諦めていなかった。
「一心、そうじゃない。そうじゃないんだよ……」
おやっさんはかぶりを振るけれど、一心さんには伝わっていない。ただ、ふたりの苦しい思いだけがこの場所にうずまいていて、心がひりひりするようだった。
「リストの話だが……。病床の妻を励ますのに、いろんな店を調べては、退院したらここに行こう、これを食べようと話していてね。食べることが好きな妻は、そのときだけは笑顔を見せてくれた」
どうしてだろう。私はおやっさんの奥さんの顔を知らないのに、病院のベッドで腰をあげる奥さんと、そのそばに寄り添うおやっさんの光景が目に浮かぶ。
おやっさんの膝の上にはメモ帳があって、そこにはおやっさんの字でたくさんの店の名前やメニューの名前が書いてある。
テレビで見たり、雑誌で読んだり……。きっと、わざわざ本屋さんや図書館に行ったりもしたのだろう。そうして集めた、奥さんの喜びそうなお店。
行きたい店がひとつ増えるごとに、奥さんの寿命も延びる気がして、おやっさんは賢明になってリストを増やしていったに違いない。あの、切り抜きや付箋でぱんぱんにふくらんだメモ帳には、おやっさんの願いがつまっている。『治ってほしい、なるべく長く生きてほしい』と願ったたくさんの思い。
「俺たち夫婦には子どもがいない。妻が亡くなって、これで自分も……と思ったとき、このリストを思い出した。できる限り多くの店をまわって、その話を天国への手土産に持っていくのもいいんじゃないか、そう思った。妻が叶えたかった夢を、かわりに叶えようと」
おやっさんの『行きたい店リスト』は『死ぬまでにやりたいことリスト』だったんだ。生き急いでいるような違和感も、これで説明がつく。一度にたくさんの店をまわろうとしていたのも、自分の寿命が長くないと知っていたから。
こんな真実、あまりにも悲しすぎる。でも……。
一心さんは、まだ諦めていなかった。