隣に座ったおやっさんの横顔をちらりと見やると、

「おお、うまそうだ」

 と破顔している。一心さんのなにかの意図に、気づいた様子はない。

 もしかして、肉じゃがに意味なんてなくて、ただ出しただけ?と思ったが、一心さんはおやっさんが食べ始めるのを静かに見守っている。

 私もいただこう、と箸を伸ばす。上品な薄味の、大きめの具材の肉じゃが。ジャガイモとニンジン、牛肉、玉ねぎ、しらたき。肉じゃがの肉には地域性があって、うちでは豚バラ肉を使っていたが、これは関西風に牛肉だ。

 素材の味が、具にしみこんでいておいしい。煮崩れしていないジャガイモも、口の中でほろっと溶ける。なんで肉じゃがって、食べると実家に戻ったようなほっこりした気持ちになるんだろう。

 私がひとくちめを食べ終えたとき、隣から息をのむ音がした。

「これは……、この味は……」

 おやっさんは、箸を持った手を震えさせながら、肉じゃがを凝視している。

「気づいたか、おやっさん」

 一心さんは、泣くのを我慢しているような笑顔を見せる。

「これは、おやっさんの店の肉じゃがだ」

 おやっさんはゆっくりと箸を置いて、一心さんを見上げた。

「一心。……どうして、これを作ったんだ?」
「覚えてないか? 俺が初めておやっさんに出会ったとき、おやっさんが出してくれたのがこの肉じゃが定食だったんだ。このあったかい味に感動して、俺はおやっさんのところで働くことになったんだ」

 一心さんに聞いた思い出話の中で、おやっさんが〝おまかせ〟で作ってくれた料理。それが肉じゃがだったなんて知らなかった。

「そうだったな……あのときも、肉じゃがだったのか……」

 言葉を返さないまま、無言でうなずく一心さんを見て思う。

 もしかして、こころ食堂のメニューに肉じゃががないのは、一心さんの思い出の料理だからだろうか。自分の肉じゃがを作ろうとしても、おやっさんの――この肉じゃがの味になってしまうからなんじゃないだろうか。一心さんの中で『最高の肉じゃが』はずっとおやっさんの味だから。