「一心は、急にどうしたんだろうなぁ」
「そうですね……。もしかしたら、急に新メニューを思いついたのかも」
「ああ、それはあいつならありえそうだ。あんな料理バカ、めったにいないからなあ」
「ふふ、そうですね」

 こんな、心にもない会話をして笑っている自分がいやだ。でもほかに、どうすればいいというのだろう。

「……結さん? どうしたんだい、顔色が悪いが」

 気づくと私はうつむいていて、おやっさんが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。

「あっ、すみません。ぼうっとしてしまって……。お休みの日におやっさんとこころ食堂にいるなんて、めったにないことだなって考えていて……」
「ああ、確かにそうだねえ。これはこれでもしかしたら、リストの店を埋めるよりも貴重な体験かもしれないなぁ……」

 リストを埋める、という言葉にドキッとする。

「あの、おやっさん。おやっさんは、あのリストを全部埋めたら……」

 どうするつもりなんですか、と聞こうとして、言葉が出てこない。

「結さん?」

 このままでは、私の態度がおかしいのがバレてしまう――と思ったとき。

「おまちどおさま」

 一心さんが、ほかほかと湯気をたてるふたつのお膳を持ってきた。

「ああ、一心。早かったな」

 おやっさんの意識がそちらにズレたので、ホッと胸をなでおろす。
 私が助けを求めるように一心さんを見上げると、『悪かったな』というような表情を浮かべた一心さんと目が合った。

 そして、「どうぞ」と告げながら一心さんがカウンターテーブルに置いたのは、新メニューでも季節限定メニューでもなく、ご飯とお味噌汁、肉じゃがとお漬物、という素朴で見慣れた家庭料理。

 これが、一心さんがおやっさんに食べさせたかったもの?と考えて、ふと気づく。こころ食堂のメニューには、肉じゃががなかった。家庭では定番料理だし、居酒屋などにもあるメニューだ。

 どうして、メニューにないのかも気になるが、メニューにないということは一心さんのおまかせ料理ということだ。この肉じゃがには、どういう意味があるのだろう。