「おやっさん、座りましょう。私、お茶を淹れてきますね」
「あ、ああ……」

 私がおやっさんにカウンター席を示すと、おやっさんはやっと、のろのろした様子で腰を下ろした。

 厨房の冷蔵庫に入れておいた作り置きの麦茶をグラスに入れていると、調理の準備をしていた一心さんが近寄ってきた。

「おむすび、今日は俺のわがままに付き合わせてすまない」
「いえ、大丈夫です。一心さんにはなにか、考えがあるんですよね。気になるって言っていたおやっさんのこと、なにかわかったんですか?」
「……ああ。でも、予想が外れればいいと思っている」

 一心さんは苦しげに唇をかんで、私は胸の内で不安が波打つのを感じた。

「一心さん……?」

 生き急いでいるような、という予感、一年間音信不通だったこと、奥さんを思い出すときの遠い目、先週の胃の不調……それらの嫌な予感がぐるぐると頭の中を巡り、ひとつの、考えたくない予想にたどり着く。

 もしかしたら、おやっさんの体調は、私たちの思っているより……。

「一心さん、それって……」

 私はよっぽど、泣きそうな顔をしていたのだろうか。

「おむすび、心配するな。まだなにも決まったわけじゃないんだ」
「はい……」

 そう言って、一心さんは目だけ悲しそうな笑顔になる。そして、私の頭に腕を伸ばしたかと思うと、ハッとして引っ込めた。

「……すぐにふたりぶんの料理を作るから、待っていてくれ」
「はい……」

 一心さんは、顔を逸らしたまま下ごしらえに戻る。触れてもらえなかったこともショックだったけれど、今はそれどころではなかった。

 私は重いものを抱えたような気持ちで、おやっさんのもとに戻った。

「おまたせしました。冷たい麦茶と、おしぼりです」

 うまく、笑顔を作れていただろうか。

 おやっさんは、「ああ、ありがとうね」と穏やかに笑っていて、私は自分の想像が杞憂であることを願った。