次週、こころ食堂の裏口で一心さんを待っていると、先におやっさんが来た。

「あっ、おはようございます」
「ん? 一心はまだなのか」
「そうみたいですね」

 おやっさんが「珍しいな」と言って頭をかく。一心さんはいつもいちばん最初に来ていて、私たちを待つ立場だった。『自分の家なんだからいちばん最初に来ているのは当たり前だろう』と言っていたが、一心さんは待ち合わせがどこであっても人を待たせないタイプだと思う。

 まだ時間前とはいえ、一心さんが最後なのはレアだな、と思っていると、待ち合わせ時間ちょうどに私の携帯電話が鳴った。

「あれ……? 一心さんからメールです」

 まさか具合が悪くて行けなくなったのでは、とあわててメール画面を確認する。するとそこには、『店の入り口から中に入ってきてくれ。おやっさんと一緒に』という文面があった。

 裏口で待ち合わせしているのに、なぜわざわざ正面玄関から? といぶかしみながらも、おやっさんに内容を伝える。おやっさんも、「なんでだ?」と首をひねっていた。

 食堂入り口の鍵は開いており、すりガラスから店内の明かりがもれている。引き戸を開けると、カウンターの内側に立つ、板前服と三角巾姿の一心さんがいた。

「ああ、来たか」

 カウンターテーブルを拭く手を止めて、私たちに顔を向ける一心さんと、状況がわからなくてお互い顔を見合わせる私とおやっさん。

「一心、どうしたんだ。今日は一心の行きたい店に行くんじゃなかったのか?」

 おやっさんが戸惑いながらたずねると、一心さんは「そうだ」とうなずく。

「だからここに来てもらった。ここが、今日俺が行きたかったところだ」

 一心さんの態度は堂々としていて、迷いがなかった。

「どういうことだ……?」
「おやっさん、とりあえず座ってくれ。おむすびも。今日はおやっさんに食べさせたいものがあるんだ」

 私はそのセリフを聞いて、一心さんがこんなことをしたのにはなにか考えがあるのだと気づく。

 それは、先週胃の具合が悪そうだったおやっさんの様子や、毎週詰め込みすぎなお店巡りのスケジュールと、なにか関係があるのかも。