私がオムレツと格闘している間に、一心さんは先に食べ終わり、おやっさんは半分以上を残したまま手を止めていた。

「おやっさん、もう食べないのか?」
「今日は胃腸の調子が悪いのか、なんだか入らなくてねえ……」

 弱々しく微笑んだあと、おやっさんはみぞおちを押さえて顔をしかめる。

「いたたた……」

 そんな声が漏れ、隣に座っていた一心さんがおやっさんの背中をさすった。

「おやっさん、大丈夫か?」
「ああ、平気だ。ボリュームのあるものを食べて胃がもたれたみたいだ。お手洗いで胃薬を飲んでくるよ」

 立ち上がり、トイレに向かったおやっさんだけど、歩いているときもずっとみぞおちのあたりを押さえていた。

「おやっさん、つらそうでしたね……。こんなに何週も食べ歩きしているから、胃腸を悪くしてしまったのでしょうか」

 私でも、次の日まで胃の重さが残る。六十すぎのおやっさんには、もっときつかったのではないか。毎回、おやっさんの望みをなるべく叶えてきたけれど、おやっさんの体調を考えるなら、もう少し余裕のあるスケジュールに無理にでも変えるべきだったんじゃないだろうか。

 私が頭の中で反省を繰り返していると、一心さんがぼそりとつぶやく。

「いや、さっき押さえていたのは、胃というより……」
「一心さん?」

 声をかけたのだが、一心さんは腕を組み、おやっさんの向かった方向を見たまま難しい顔をしている。

「おやっさん。体調も悪いみたいだし、今日はここまでにして帰ろう」

 お会計が終わったあと、店を出てすぐ一心さんが切り出した。今日は無理やりにでもそうしようと、おやっさんが戻ってくるまでの間に相談していたのだ。

「そうだな」

 以前は早く帰ることをごねていたおやっさんだが、今日は素直にうなずいた。それだけ、胃腸の調子が思わしくないのだろう。

 そして一心さんは、先ほど相談していない予定外のことを言い出した。

「そして次の週なんだが、今度は俺の行きたいところに付き合ってもらってもいいか?」

 えっ、と目を見開く。一心さんにも、ひとりでは入りにくいような気になっているお店があるだなんて。

「一心にもそんな店があったのか。もちろんいいとも」

 おやっさんも意外そうな様子でうなずいた。

「おむすびはどうだ?」
「はい。私も大丈夫です」

 もちろん、私に断る選択肢なんてない。