「は、はじめまして。従業員の持田結と申します。お話は以前から聞いていました」
頭を下げると、おやっさんは柔和な顔をますますほころばせて私の手をとった。
「そうか、そうか。はじめまして。麦田房雄です。俺のことは〝おやっさん〟でいいからね」
おやっさんが席につくと、一心さんは「じゃあよろしく」と言い残して厨房に入っていった。
私は、おやっさんのぶんの冷たい麦茶を用意してから隣に座った。
「ありがとうね。そういえば、ほかに従業員は……ああ、大場さんはもう退職したんだったな」
「大場さんのこと、ご存じなんですか?」
「一心が店主になったばかりのころは、よく顔を出していたからねえ。そうか、あれからもう、一年以上たつのか……」
おやっさんは遠い目をする。その表情が少し悲しそうに見えたのは、思い違いだろうか。
「私は、去年の春から働き始めたので……」
「そうだったんだね。一心はうまくやっていたかい? なんだかずいぶん、雰囲気が丸くなった気がしたけれど」
「はい、そうですね」
私は、いろいろあったこの一年のことをおやっさんに話す。一心さんがお父さんと和解したこと。芋煮会をやったり、桜まつりに出店したこと。おやっさんは「うんうん」とうなずきながら、どの話も楽しそうに聞いてくれた。
「一心さんとは、電話で話したりはしなかったんですか?」
「むこうからは何度かかかってきたんだが……。俺のほうに話す余裕がなくてね」
おやっさんの笑顔が、少しだけしぼむ。
さっきも一心さんに『いろいろあった』と話していたし、大変な出来事があったのだろうか。
「あ、あの……」
初対面で詮索するのもはばかられ、どう声をかけていいのか迷っていると、一心さんがお盆をふたつ持って厨房から出てきた。
頭を下げると、おやっさんは柔和な顔をますますほころばせて私の手をとった。
「そうか、そうか。はじめまして。麦田房雄です。俺のことは〝おやっさん〟でいいからね」
おやっさんが席につくと、一心さんは「じゃあよろしく」と言い残して厨房に入っていった。
私は、おやっさんのぶんの冷たい麦茶を用意してから隣に座った。
「ありがとうね。そういえば、ほかに従業員は……ああ、大場さんはもう退職したんだったな」
「大場さんのこと、ご存じなんですか?」
「一心が店主になったばかりのころは、よく顔を出していたからねえ。そうか、あれからもう、一年以上たつのか……」
おやっさんは遠い目をする。その表情が少し悲しそうに見えたのは、思い違いだろうか。
「私は、去年の春から働き始めたので……」
「そうだったんだね。一心はうまくやっていたかい? なんだかずいぶん、雰囲気が丸くなった気がしたけれど」
「はい、そうですね」
私は、いろいろあったこの一年のことをおやっさんに話す。一心さんがお父さんと和解したこと。芋煮会をやったり、桜まつりに出店したこと。おやっさんは「うんうん」とうなずきながら、どの話も楽しそうに聞いてくれた。
「一心さんとは、電話で話したりはしなかったんですか?」
「むこうからは何度かかかってきたんだが……。俺のほうに話す余裕がなくてね」
おやっさんの笑顔が、少しだけしぼむ。
さっきも一心さんに『いろいろあった』と話していたし、大変な出来事があったのだろうか。
「あ、あの……」
初対面で詮索するのもはばかられ、どう声をかけていいのか迷っていると、一心さんがお盆をふたつ持って厨房から出てきた。