「おむすび、今日のまかないは秋の季節限定メニューの試食をしてくれないか」

 ミャオちゃんの小説発売日から数日後、昼休憩間近になって一心さんに頼まれた。

「はい、もちろんです。でも、今年は準備が早いんですね」

 まだ八月の下旬なので、秋本番まではまだ時間がある。

「ああ。今年は残暑が過ごしやすい気候だからな。九月に入ってすぐに秋限定メニューに切り替えようと思っている」
「なるほど……。確かに秋ってあっという間に過ぎちゃうので、早く出すのはいいアイディアだと思います」

 涼しくなって、やっと秋が来たと思ったらいつの間にか冬になっている。年を増すごとに春と秋の体感が短くなってきているので、ごはんのメニューで『ああもう秋なんだな』という気分になれるのはうれしい。

「よろしく頼む」

 そのまま昼営業を終え、私が三角巾を外し、麦茶を用意してカウンター席に座ったときのことだった。
 食堂玄関の引き戸が、ガラガラと豪快な音をたてる。

「あっ」

 私はあわてて椅子から腰をあげた。
 ときどき、準備中の札をかけていても入ってきてしまうお客さまがいるのだ。お腹をすかせているのにお引き取りをお願いするのは心苦しいけれど、営業時間は守らなければならない。

「私、お客さまに説明してきますね」

 そう声をかけてカウンターの内側にいる一心さんを振り返る。だがその表情は、目を見開いたまま固まっていた。

「いや、おむすび……。説明はいらない」
「え?」

 入ってきたお客さまに視線を向けたまま、一心さんは急ぎ足でカウンターから出る。
 早足でずかずかと歩いていったかと思うと、頭を坊主にした、六十代くらいの小太りのお客さまの肩をつかむ。

「おやっさん!」

 そのとき一心さんが見せたくだけた笑顔は、私にも響さんにも向けたことのないものだった。まるで、子どもが純粋に親を慕っているような、無防備でまっすぐな笑顔――。