お皿と私の顔に視線を行き来させながら、母は混乱していた。

「最初は普通にハヤシライスを作ろうと思っていたんだけど、不思議だったの。どうしてお母さんは、おばあちゃんが作った料理をハヤシライスって気づかなかったのかって。だってハヤシライスだったら、私もお母さんに作ってもらったことあったし」
「え、ええ……。そうね」
「だからなにか、おばあちゃんならではの工夫があったのかなって考えてたとき……、おばあちゃんの言葉を思い出したの。『好き嫌いせずに、ちゃんとお野菜も食べるんだよ』っていう口ぐせ。それで、おばあちゃんの作ってくれたカレーも思い出して」

 野菜が大きめに切ってあって、ごろごろ入っていたおばあちゃんのカレー。ジャガイモも、煮崩れないようにあとで入れてくれていた。思えば、おばあちゃんの料理は、お味噌汁や豚汁も具だくさんだった。

「そうか……。具がカレーと同じだったから、甘いカレーって言われて私はだまされちゃったのね。でもどうして、おばあちゃんはそんな嘘……」
「それはお母さんが、いちばんよくわかってるんじゃないかな」

私の言葉を聞いた母が、なにかを思い出したようにハッとする。

「そういえば私……。小学生のとき、どうしてもカレーが食べたいって、わがままを言ったんだったわ。みんなが給食で普通にカレーを食べているのがうらやましくってね。レトルトじゃなくて、具がたくさん入ったみんなと同じカレーが食べたいって。だからおばあちゃん……いえ、お母さんは、私を喜ばせようと思って……」

 それは、おばあちゃんの優しい嘘だった。ほかの子どもと同じようにカレーを食べさせたいと願う気持ちから生まれた、優しい嘘。

 にせものカレーを食べて、喜んでいる幼いころのお母さん。その笑顔を見て、おばあちゃんは事実を自分の胸にしまっておくことを決めたのだろう。

「これはハヤシライスかもしれないけれど、私にとっては〝おばあちゃんの甘いカレー〟だわ。結、ありがとう。おばあちゃんが亡くなってから同じ味が食べられるなんて、思ってもいなかった」