「貴様か、夜な夜な荷駄を奪い、民を苦しめているというクズは?」
「う~む、見解の違いじゃのう」

 物の怪はニヤリと笑った。その風貌を見るに夜叉の類か? 夜叉は美女の姿をした鬼の一種だ。軍神・毘沙門天の眷属でもあり、武者の放つ陰の気につられて戦場に姿を現すという。橋の上の女も、胴丸や篭手、すね当てと言った戦装束に身を包み、腰には太刀を()いている。

(わらわ)は民の犠牲を未然に防いでやったのだ」

 夜叉は続けた。

「防ぐ?」
「考えてもみい。こんな夜更けに走る荷駄などロクなもんではない。おおかた、戦のために決まっておろう。じゃが戦は、そなたら都の軍勢の勝ちじゃ。無駄な抵抗は、いらぬ犠牲をふやすだけ。妾がそれを奪うことで、死ぬ必要のない若者が助かるかもしれんのじゃ。彼奴(きゃつ)らと戦った、そなたらにも感謝して欲しいのう……」

 三成は、まずは夜叉に語りたいだけ語らせてやった。なるほど、それが奴の言い分か。

「フフフ……実にクズらしい、話にもならぬ詭弁だ」
「なんじゃと?」
「既に戦は終わっている。もし、貴様が我が軍を助けたつもりならば、役目は終わった。すぐに立ち去るがよい」
「終わってる? ハハハハッ わからんぞ? まだこの地には反攻を狙う落ち武者も多い。それに……」

 夜叉は鼻を鳴らして笑った。

「この辺りに攻めてきた将は、三流成り上がりの無能軍配師というじゃないか。どうせ、この地を治めることなんぞ出来ぬさ!!」

 アハハハハッ……と、女は高らかに笑った。

「……黙れクズが」

 三成の声が低くなった。

「なんじゃ? 上官を笑われて腹が立ったか?」
「……人だ」

 怒りを押し殺した三成の声は小さく、橋の上まで届かなかった。夜叉は耳に手を当てて聞き返す。

「はぁ?」
「本人だと言ってるんだよ!? ぶちコロすぞこのクズ!!」