一行が目的地に到着した頃、すでに陽は西に傾き、その輝きは橙色に変わっていた。

「訴えのあった寺はあれだな?」

 三成は配下に確認する。川の対岸に、こんもりと樹々が集まる場所があり。その樹の陰から本堂の屋根が少しだけ見えている。

「は。香華院と申します」
「ならば、手前の橋が問題の?」
「いかにも」

 三成は手綱を持つ手を動かし、馬を進めた。馬一頭通りだけの幅で、欄干もない小さな橋だ。馬が足をすすめるたびにギシリときしむ音がする。
 けど、それだけだ。渡りきるまで何も起きなかった。どこにでもある何の変哲もない橋。

「やはり、夜を待たないと何もわからん、か……」


      *     *     *


「まさかお奉行様、御自らお越しいただけるとは……」

 香華院の住職は、石田治部少輔と名乗ると、平伏して答えた。もっとも、このうやうやしい態度の裏では、何を考えているかはわからん……。この坊主もまた三流成り上がり奉行と、私をあざ笑っているのかもしれない……。
 いや、やめよう。見えもしない人の悪意を邪推するのは私の良くない癖だ。三成はそう思い直し、本題に入る。

「夜な夜なあの橋に、物の怪が現れるとのことだが、まことか?」

 三成は、忍城攻めの最中より、周辺の有力者や寺社に書状を送っていた。この地域で起きている諸問題を取りまとめ、北条家が降伏した後の東国を安定させるためだ。
 見るが良い。デキる奉行はこういうところが違う。合戦だけが取り柄の脳筋大名どもには真似できない芸当だろう。
 その中に、上野国佐位郡に出没する物の怪についての訴えがあった。送ってきたのはこの住職だ。

「はい。先月は行商が、馬五頭と荷駄をすべて奪われました。周辺の民は皆、難儀しております」

 馬五頭分の荷駄だと? 今の時勢にそのような大荷物、北条家の兵糧ではないのか? そう思いもしたが、口に出すのは辞める。今、それは本題ではない。確かに忍城では、行商に化けた風魔忍者による兵糧輸送に手を焼いた。が、今は関係ない。デキる奉行は、聞き流す。

「物の怪は毎晩出るのか?」
「はい。陽が落ちてから一刻ほど経つと、あの橋の上に現れます」
「ならば今夜中に対処する。貴院の僧にも手伝ってもらう」
「今夜ですか? ここまでいらしてお疲れなのでは?」
「実務が溜まっている故、明朝には戻らねばならぬ。今宵は、ほんの一泊の息抜きだ」
「息抜き……でございますか」

 住職は不審な顔をした。確かに、民にしてみれば生活を脅かす一大事かもしれない。が、三成にとっては物の怪退治は、鷹狩の延長線にある遊興のひとつだった。