「それももう600年ほど前の話じゃ。陰陽師がくたばって自由になったが、式神として酷使された数十年でわらわの霊力の殆どが奪われてしまった。なんとか東国へ戻ってきたが、わらわがいないうちに他の神々や物の怪、それに人間の武士共がのさばっていてな。わらわの居場所は消えておった」
「で、名もなき老木に宿って、ひっそりと暮らしていた。その木すら、村人に切り倒され、橋の材料となったわけか……」

 三成は川にかかる橋を見た。どこにでもある何の変哲もない橋。こんなものを作るのに、霊力あふれる神木を切ったわけでもあるまい。何の変哲もない老木に、この夜叉は宿っていたことになる。

「絵に描いたような転落ぶりだな。貴様が本当に、東国有数の暴れ神だったとしたなら、だが」
「まったくじゃ……」

 夜叉の目から一筋の涙がこぼれ落ちる。月の光がそこに反射し、白く輝く軌跡を描いた。

「あの頃に帰りたいのう……。人間も神も、東国の誰しもがわらわを畏れ、わらわに霊力を捧げたあの頃に。せめて、せめて(やしろ)の一つでもあれば。わらわだけの神域を持っていれば、ここまで落ちぶれる事もなかったのにのう……」

 夜叉は声を震わせながら嘆きの言葉を吐き続けた。時折、子供のようにしゃくりあげて鼻をすする。先程まで、三成に太刀を振りかざしていた妖魔とは思えない姿だった。

「……じゃが、若造にいたぶられて、ようやく未練も絶てたわ。さあ、殺せ。夜叉ごときの首一つで何か変わるとも思えぬが、三流成り上がりの汚名をほんの少しでも返上するがいい」

 夜叉は三成の目を見た。三成はつまらなそうに首を振ってから、言った。

「言いたいことはそれだけか、この負け犬が!」