「キヨなんか見たいとこある?」
「先甘いもの食べたら後悔するかな?」
「どうだろ、じゃあ俺がしょっぱいの買おうか」
「やった、じゃあかき氷がいい、氷がふわふわのやつ」
「じゃあ探すか」
するりと指先をつかまれて頭の中でマユが「少女漫画だー!」と叫び声をあげる。次会ったとき話したらどんな反応するだろう。驚かせたくて逆に手をひっぱってみるもにやにやと笑うだけでぐらつきもしなかった。
アカリも同じことしてたなあ、って思い出す。これはジュンイチとじゃなくてアキトさんとのほうだけれどアキトさんと歩いていて全く同じことをしてた記憶がある。びくともしない、手のひらとか身長とかそういう体格差を感じて笑ってる記憶が確かにあるのだ。
「残念でした、キヨハにひっぱられたくらいじゃなにもおきませーん」
『アカリがひっぱったくらいじゃ僕は転びませんよ』
あのときアカリはどう思っていたんだろう。アキトさんと居る時よりもジュンイチと居る時のほうがいろんなことが目まぐるしかったけれどそれって本当に彼女が求めてたものだったのかな。
アキトさんとの記憶の中で彼女はいつも穏やかな気持ちでアキトさんを見つめていた。激しい愛情ではなかったけれど、アキトさんはいなくてはならない存在だったんじゃないのかな。
研究のこととかジュンイチの立場とかそんなのは後付けでアキトさんを一番手放せなかったのって本当は彼女自身なんじゃなかったのかな。
「キヨハ?」
「もっと驚いてほしかったのに」
「残念でした、ほら行こう」
目の前で私に向かって微笑んでいるこの男の子は、将来有望な政治家の息子なんかじゃなくてただお祭りではしゃぐ同級生だ。同じようなことを今日まで何回だって考えてきた。
私はミナヅキ アカリだからジュンイチを好きになるのが自然なつもりでいたけれど、それがなくなってどうしていいかわからなくなったりもしたけれど、穏やかな愛というのだって彼女はちゃんと経験してたじゃないか。
「今日レイと来れてよかった」
「ええ?まだなにも始まってないけど」
「そうね、はやくほら、私のかき氷探して」
「俺のたこ焼き先に探してよ」
レイに手を引かれ人の波に飛び込と、溢れかえる音は学校とは違う色を含んで四方八方に散らばっていく。子供の声、呼び子の声、お囃子の音、下駄がアスファルトを蹴って、風船の犬が地面を這って行く。
彼女の記憶を頼らない世界はいつだって新鮮で、私がタカシロ キヨハとして培っていくものにジュンイチがいなきゃいけないなんてこともない。
自分の下駄がコロコロとかたい音をたてて、少し歩くたびにレイが目線を投げてくる。歩きにくいしむせかえるほどに空気は熱いけれど、人の熱や太陽のせいだけじゃないこともわかってる。