「ねえ、業務端末ってまだ余ってましたよね」
「ああ、ある。なんだ壊したのか」
「じゃなくて、キヨに持たせようと思って!」
「キヨに?」
「うんうん、だって日本の女子高生って写真撮るの好きなんでしょ?これから友達と出かけたりしたときにスマホ持ってなかったらえーって言われるって。今日はたまたまそういうの無かったみたいだけどさ」
「たしかに、SNSサービスも発達してるしそういう交流を持たせる目的では持ってたほうがいいかもなあ」
「うん、友達と夜中まで長電話とか、きっといい経験になるよ、ですね」
「ふむ、そこまで考えてなかったな。わかった、とってくる」
そういうとルイさんは作業を中断して部屋を出ていった。
スマホ。私の脳や体は一般向けのスマートフォンと比べたら通信速度もRAMもROMも圧倒的に大きいけれど、高校生の彼女たちは当たり前のように休み時間にスマホを触っていた。なにやら情報の載った画面を見せ合ったり、ノートの写真を撮っていたり、使用方法は多々あったけれど持っていない子っていうのは少数派だろう。
進学クラスはあれでもまだ固いほうだってアリシオ先生は言っていたから普通クラスなんてもっとはじけた子が多いのかもしれないし。
マユもレイも、ほかのクラスにも友達がいるようだったから、やっぱり連絡手段としてスマホは必須アイテムなのかもしれない。人間って変なとこ不便だ。
「あったぞ、悪いなシルバーしかなかった」
「ううん、カバーかけちゃうから。ありがとうルイさん」
「アプリとかは通話は好きにしなさい、詐欺には気をつけろよ。それから研究所のなかのことや自分のシステムなんかについては書き込んだりしないで、写真を撮るときも注意しなさい」
「うん、書類とかうっかり映り込んだら大変だものね」
見慣れた薄い板の電源ボタンを長押しすると真っ黒な画面の白抜きの文字でHELLOと浮かび上がる。
パスワードを変更して、指紋認証を登録したら…最近の子たちってどういうアプリ使ってるんだろう。連絡用のこれはみんな使ってるからきっと必要で、ゲームとかはよくわからないからマユに聞いてみようかな。
「ええっキヨハこれやらないと!」ってオーバーリアクションであれもこれもと教えてくれそうな彼女を思い出すと自然と口元がにやついた。早く明日にならないかな、マユにもシキちゃんにも、なんだかとっても会いたくなってきた。
「いい顔になったな、キヨ」
「顔?」
「学校、初日だったのに楽しかったんだろ?」
「いいことですよ、キヨ」
「マリアかジュンイチ捕まえてケース買ってもらいなよ」
「あ、そうです、学校、寄り道とかするのにお小遣いあげましょうです」
「いいな、それ」
私のことは置いてきぼりでファブリとショーンとスピカが楽しそうにしだした。お小遣いなんてそんな私がなにかを買ったりとかそんなことは、今までだってなかったんだからこれからだって必要ない。欲求ってものがそもそも存在しないんだから物欲だってないのに。
「ルイさん、私お金なんて」
「お前はアンドロイドじゃなくて人間になるんだから、そのためにはお金の使い方も学んでおきなさい」
にこやかにルイさんはそういった。お金の使い方なんて言われたって、そんなの人間らしく振舞うより難しい。千円のものが本当に千円の価値があるかどうかだってわからないのに。
「思い出とか、時間を買うためのお金になることだってあるよ、です」
「時間を買う?」
「単にモノを買うんじゃなくてさ、寄り道して買い食いしてとか、キヨがこれから経験しなきゃいけないのはそういう時間なんだ。もう研究所の中で基盤をひっかきまわすのは終わったんだからな」
ショーンの言っていることが、なんだか少し難しかった。人間らしいって、難しい。