「はい、じゃあしっかり復習をしておくように。明後日は二十三ページからやりますよ」

 号令がかかり、世界史の先生が教室を出ていくと途端に教室はゆるい空気に包まれる。五十分って長いんだなあ。
 隣でマユが溶けたように机に突っ伏していた。

 「マユ生きてる?」

 「世界史って苦手! 先生の話し方眠くなるんだもん!」

 「そのわりにちゃんと聞いてたじゃない」

 「だってさあ、怒ると怖いんだもん。あ、さっきはありがとね」

 「なんだ、マユもうキヨハの世話になったの」

 「うとうとしてたら黒板消されてた」

 シキちゃんが呆れたように笑う。気持ち話わかるけど、ともいう。睡眠という概念がない私には眠くなるって感覚もよくわからない。スリープモードみたいなのはあるけど、それだってバッテリーの稼働率が下がるだけで寝ているわけじゃない。電源を切っている間なんかは意識もないから丸々一カ月電源を切られたりしたらその一カ月のことなんかなにもわからない。眠くなる機能、ちょっと欲しいかもしれない。

 「次なんだっけ」

 「現国、宿題でてたけどやったの?」

 「さすがにやった、同じ轍は踏まない!」

 こうしてみていると、マユとシキちゃんの温度差ってすごい。マユは元気いっぱい、天真爛漫って感じだけれどシキちゃんは沈着冷静を体現しているようでとってもクールだ。表情だってあまり変わらないし。同じグループには同じようなタイプが多いかもしれないってマリアは言ってたけれどこのふたりは正反対だ。お互いがないものをそれぞれ持っていて相性が良い、とかなのかもしれない。

 じゃあカガチくんとレイはというと、べつに特段仲良しってわけではないらしい。席がたまたま近いだけだろうからそれもそうかもしれないけれど、カガチくんは一人で黙々となにかをしていて、そこにちょっと声をかけてくる子がいるくらい。とても静かだ。これはシキちゃんと仲がいいのも何となくわかる。大してレイはというと、うるさいという単語では済まない。なんていうか熱量がすごいのが、振り向かなくたってわかる。

 ジュンイチはどちらかというとカガチくんと似ている。他人に干渉されるのが嫌いで秘密主義でインドアで静かにするのが好きだ。傍から見れば真面目。だからこそアカリと関係を持ってるなんて周りは思いもしなかった。

 レイが同じなのは外見だけか。さすがに中身まで一緒にはならないか、と安堵する。研究所でも学校でもジュンイチがいたら疲れそうだからよかった。とはいえ、聞いた話ではジュンイチは政治家が嫌でお父さんと折り合いが悪くなった結果、ああいう性格になった感じがしたけれどレイはそういうのもないんだろうか。嫌がってなさそうだった、というのはあくまでジュンイチの主観だ。

 「なあ、キヨハ、こいつらがキヨハと話したいって」

 「お前そういうナンパみたいな言い方すんなよ!」

 「だってそうじゃん」

 私の知ってるジュンイチも、アカリの知ってるジュンイチもあんなにはじけたようには笑わない。別人だ、ちゃんと。
 この人は弟で、似ているかもしれないけれど、タカシロ レイだ。あれだけアカリとの同一化を嫌がっていたのは私なのにジュンイチとレイを並べて考えてしまっているのは嫌なことだと思う。兄弟で比べられるなんて、そっちのほうがどうしようもないことなのに。

 「あ、あー、タカシロさんってハーフ?」

 「ううん、日本生まれの日本育ち。だから海外要素は一切なし」

 「さっきハーフタレントとかにいそうだよねーって話してたんだよ」

 「そうそう、一般人なのにめっちゃ可愛いよね」

 「あはは、ありがとう」

 こういう子たちは、「苦手」かもしれない。私の外見は正直可愛くて当然だ。だって私には研究所のみんなの思う美少女像が詰め込まれているんだから。うちの研究員は国籍がばらばらで、それは上層部の意向でもあって、百人中百人に可愛いと思われなくても、七か国の人間が共通して「可愛い」と思う顔は作れる。研究で大切なのはそういうことだ。ばらばらなものの中の共通認識の確立。そこに重きを置いている。

 私の見た目はおまけにすぎない。

 本当に大切なのは中身の、コアのほう。なぜなら私は等身大サイズの美少女フィギュアではなくて自我を持ちそれを発達させるためのAIだから。私が気を使わなくてはいけないのは文字通り中身のほうなのだ。

 「どっから転校してきたの、こんな時期に」

 「別の都内の学校から。ちょっとわけあってそこにはもう通えないから」

 「ふうん…そうなんだ」

 嘘はついてない。ジュンイチが卒業してしまったから、大学にはもういられないわけで、なんなら大学も学校には違いない。うん、嘘ではない。

 「八王子って、JR?それとも京王線?」

 「どっちも通ってるよ、私最寄は高尾のほうだから」

 わかりやすい興味を示した表情。そういえば私は表情が乏しいってエレーヌが言っていた。笑ったり、泣いたり、そういうのをもっと豊かにしたほうがいいって。それこそ人間と区別がつかなくなるほどに。とはいえ、シキちゃんもあんまり表情変わらないから、シキちゃんとマユの中間位を目指していこう。

 「そろそろ先生来るかな」

 マユの一言でやばいやばいとみんな自分の席に戻っていく。シキちゃんが眉間にしわを寄せていた。

 「鬱陶しいなら殴っていいんだよ、レイのこと」

 「待って、なんか不穏な話聞こえたんだけど」

 「っていうか気づきなよ、レイほんっと気ぃきかないよね、キヨハも嫌ならうちらにそれとなーく目線投げてよ」

 「うん、ありがとう二人とも」

 「転校生ってそんなもんじゃないの?」

 「うちらが勝手に珍しがってるだけで、キヨハが嫌な思いしていい理由にはならないじゃん」

 「お前そういうとこだぞ」

 「カガチまで!」

 みんなしてレイをしらーっと睨みつけている。っていうかカガチくんも気が付いていたのかとそっちのほうが驚いた。全員を見ることはできないし、なんなら自分のことで精いっぱいだったけれどこの三人はいつの間に私のことを見ていたんだろう。それで咄嗟に私を気遣えるってすごいことのような気がする。

 「チャイムなってんぞー、席つけー」

 人間らしさって、個性って、どこで形成するものなんだろう?