「キヨハには話しておこうと思って」

 「別に言えないことなら聞かないし、レイに聞いたりもしないけれど」

 「だって、俺のこと知らなかったらまた俺から距離とろうとするだろ」

 こちらから距離をとった覚えはなかったりするが、そのあたりは置いておくとして。やっぱり、否定されることも他人が離れていくことも極端に怖がっているような気がする。生い立ちのせいか。アカリから離れるのが嫌だったんだろうな、と容易に察せる。弱いなあ、と思った。

 人間って、脆い。

 「まずうちの両親はお見合い結婚でね」

 「そこから?」

 「そこから。母さんの家も政界に顔の利く名家なんだよ。だから結婚したんだ」

 ベッドに並んで腰かけるとジュンイチはぼんやりと遠くを見つめていた。なんとなく、わかった気がする。どうしてお父さんのことがそんなに嫌いなのか。

 「もともと親父の家系ってその辺りでは有名な地主って程度の家なんだ。ぼんぼんには違いないけどね。それが嫌だったから必死こいて勉強して政治家になったって、そういうところはすごいと思ってるよ。それをもっと、強固にするためにっていうか、それで結婚したらしい。母さんは親父に惚れてたみたいだけど親父はべつに何とも思ってなさそうだったよ。葬式でもケロッとしてたし。俺がまだ小学生のときから、お前も政治家になるんだからなって何回も何回も言われてきたんだ。俺はそれが嫌でたまらなかった。母さんは好きにしなさいって言いながらも何人も家庭教師つけたりしてね。嫌々してた態度が気にくわなかったのか、弟、レイが生まれてからはそっちにかかりきりだった。せいせいしたのと同じくらい、俺っていう個人はこの家には必要ないんだなって思ったよ。勉強だけはできたから行きたい学校には行けてたけどね」

 そこまで一息に言うとジュンイチはため息をついた。しーんとした部屋で耳鳴りが痛いくらい。悲痛そうなその目は目の前の雑多な部屋じゃなく、過去のことを映しているような気がする。初めて見た。そんな顔。

 「高校の在学中、二年の時に母さんが死んだ。子宮頸がんとか言ってたかな、検査した時にはもう末期だったんだってさ。あっけなかったよ。大学で理工学部に行くって言ったときは揉めたな。とはいえ学歴さえあれば別に政治家は法学部卒とか経済学部卒とか関係ないからね。一番もめたのは院に行くときかな。だから院に行くときは奨学金をとって卒業するときに家と縁を切った。さすがに親父くらい顔が割れてると学校に乗り込んできたりはできないからね。弟とは歳が離れていたのもあって別に仲は良くなかったし、あいつは政治家になるのに抵抗もなかったみたいだからもう育ってきたあの環境を全部捨ててしまいたかったんだ」

 「なんで、言う気になったの」

 「聞きたかったんじゃないの?」

 無理強いしたかったわけじゃないから、どうしても話したくないっていうならそれ以上掘り下げるつもりはなかったけどジュンイチは自分から話そうって決めて私にその話をしてきたのだ。話す気があるんなら私だって聞けるだけ聞いておきたい。

 「アカリさんは、既婚だったし俺から離れる理由なんていくらでもあったから余計に言えなかったんだよ。迂闊なことしてあっさりふられたらって思ったらなにもできなかった。子供じみた束縛はしまくってたけどね、あの人いつも甘やかしてくれたから」

 「ヘタレね」

 「返す言葉もないよ。だから甘えてた、キヨハはアカリさんと違って俺から離れる理由なんかないって思ったから。余計なこと教えて嫌われたくなかったし、なんならキヨハは自爆ができるようになってるからなあ」

 自爆っていうのはつまり、勝手にデータ書き換えたり消したりそういうことだけど、なんでそんな機能があるかというと人間の無意識に寄せるためにそういう設定が必要だったからだ。人間は一日の中で得た情報を処理するために夢を見たり忘れたりということをする。

 そうしないと脳もメンタルもキャパオーバーするからだ、と言われているけれどつまりそういうことだ。自我に重点を置いている私の研究において、私が記録したデータは残っていても私自身が「データを閲覧しないように」しなければ意味がない。