「もうあなたを親だとも愛しているとも思わない。ただ、同じ研究所で、あなたのいるこの場所で、わたしはまた呼吸に似せたことをしなきゃいけないのね」
部屋を出る。背中に刺さるような目線を感じた。もうだめだ。こういうのを、人は失恋とかそんなふうに呼ぶんだろうか。ちょっと状況が特殊すぎるなあと自嘲する。
アカリとキヨハは別の人格なのに、同一の個体であるってところがそもそも無謀なのだ。本当だったら性格と記憶をベースにその人に似せたものを作ることでアンドロイド産業を発達させるか、半永久的に死なせない方法として医学的に発達するかのどちらかだったんだろう。私はそれに失敗したのだ。
「キヨ、どうした、顔が…濡れてるな」
「ショーン…」
「俺も今カフェテリア行こうとしてたんだ。マリアには悪いがメンテナンスが先だな、こっちの」
とん、とショーンは胸の中央をついた。やっぱり、心って心臓に所属するのかな、水を循環させるこのポンプにそんな機能はついていなかったと思うけど。手をとられそのままずるずると所長室に連れていかれる。
「ルイさん」
「ん?なんだ、どうした、ああキヨハも一緒か」
どうしたんだ、とまるでルイさんまで辛そうな顔をする。私は、人間じゃないのに。同情される心なんて私は持っていない。
「キヨ、ここはお前の家だ。俺たちは家族だ。お前はアンドロイドだけど、そんなのはどうでもいい。問題はまだ中身が子供なところだ」
「中身…」
「キヨに泣く機能を追加したのは俺なんだ。ルイさんには許可とってな」
「なんで、そんなことしたの、私は泣く必要なんか」
「人間の意識は、少しの意識と多くの無意識でできてる。フロイトの理論だ、知識はあるな?」
「うん」
氷山のイラストで説明されることが多いそれは、人間の思考の何パーセントが無意識だとか、自我というのは本能と理性とその中間で構成されていたりとか、エスとか超自我ってものが存在したりとか、とにかく機械と違って理屈で説明できないことが多い。
複雑なつくりをしているのだ。それこそ、臓器一つとっても、人工透析と同じで本来の臓器の大きさに透析の機能を詰め込むことは技術的にとても難しいように。