「ちきしょうっ!」

 感情に任せて右手を振る。手から離れた矢は、つま先から237cm離れた丸い的に命中する。 7のシングル。的の中心点であるブルからも、最高得点の20トリプルからも程遠い、的の斜め左下の橋。的の外縁部、ダブルリングに刺されば得点が2倍と鳴るのでまだ救いがあるが、そこにギリギリかすっていない実に中途半端な得点だった。

 泉岳寺の居酒屋を飛び出した由良は、そのまま地下鉄に乗る気になれず、歩いて品川駅まで向かった。駅前に行きつけのダーツバーがある。

 ダーツは会社の同僚にも話した事のない、由良の密かな趣味だ。友人が彼氏の影響で始めた時に、一緒にマイダーツを買ったのがきっかけだった。友人は彼氏との破局とともにやめてしまったが、由良は今も続けている。
 的に刺さる瞬間の「バスッ」という音や、狙い通りに投げられた時の的に吸い込まれるような感覚が病みつきになって、週イチペースでこの店に通っている。もっとも腕前は大した事無い。むしろ数年やってる割には下手な方かもしれない。狙い通りのところに当たらない事などしょっちゅうだし、この店での店内ランキングだって中の下といったところだ。

 にしても、今日は当たらなすぎる。選んだゲームは『501』と呼ばれるものだ。持ち点である501点を減らしていって、15ターンの間に0点を目指すというものだが、今日は全ターン費やしても0点どころか100点にすら到達しない。

 調子が悪い理由はわかりきっている。

「ダーツはメンタルスポーツだぜ? そんな感情任せに投げてたら、うまくいかねえよ」

 その通りだ。心の平静さが何よりも求められるがダーツの難しい所だ。たとえ飲み会で不愉快なウワサを聞いたからって心を乱してはならない。ましてや、的に嫌いな上司の顔を重ね合わせたりしていては、高得点など絶対に……

 うん? そこまで思い巡らせた所で、横から声をかけられた事に気がついた。何だ今のは? 一体誰がアタシに……?

「奇遇だな~大星さん!」
「堀部さん!?」

 隣のスローラインには、プログラマー部に常駐しているフリーランスの堀部(ほりべ)が立っていた。