「あれ? 塩谷さん、まだやってくんですか?」
その日、由良が帰ろうとした時、すでに時計の単身は10を指していた。デザイン部の区画は、電気がほとんどが消されいて、塩屋の席の周りだけが煌々と照らされていた。この頃、塩谷はMODEL-ABCの主力タイトル『フェンリスヴォルフ』のチーフデザイナーとなっていた。
「ああ、大星さん。遅くまでお疲れ」
「多分、塩谷さんが最後ですよ」
「大丈夫、鍵はオレがかけておくから」
「じゃなくて……ここんとこ、塩谷さん毎日最後ですよ。大丈夫ですか?」
「ちょっと仕事溜まっちゃててさ。明日は早上がりするから、今日はやれるだけやっておかないと」
そう言いながら、塩谷はPCのディスプレイに目線を移した。ウィンドウの隙間から見える壁紙には動物園で撮ったらしい少女の満面の笑みが写っている。
「あ、そうか。 おめでとうございます! おいくつでしたっけ?」
「5歳。子供の成長ってあっという間だよね。ほら、プレゼントももう買ってあるんだ」
デスクの下には家電量販店の紙袋が置かれている。その口からはピンクの紙でラッピングされた箱がちらりと見えていた。
「娘さん、喜ぶといいですね!」
そう声をかけて由良は退勤したが……その翌日、塩谷は早上がりどころか、翌朝5時までそのデスクの前に縛り付けられる事となった。
フェンリスヴォルフは剣と魔法のファンタジー世界を舞台としたスマホ向けRPGだ。美麗なキャラクターや派手な演出のバトルで売っている、アプリゲームとしては超正統派のタイトルだ。
そのキャラデザの大部分を塩谷が手掛けていた。もともとファンタジーや西洋史への造詣が深かった塩谷にとっては得意中の得意分野であり、会社も塩谷のセンスを全面的に信頼し、多くの裁量を彼に与えていた。
塩谷も、そんな期待を感じていたからこそ自分の仕事にプライドと責任を持ち、精力的に仕事をしていた。
しかし塩谷は、この愛娘の3歳の誕生日を境に変わってしまった。
「いい加減な仕事してんじゃねえよ塩谷! こんなキャラデザで客が納得するわけねえだろ!!」
夕方、そんな怒声がフロア全体に響いた。前任の退職に伴って、フェンリスの新ディレクターになった高野だった。
「何、このクソダサい鎧? ニワトリなんか胸につけていかにも弱そうじゃん」
「ニワトリはウィロニア公国の象徴という設定で、夜の眷属タルギアスを倒し朝をもたらすという意味があって……」
「そんなゴタク、ユーザーが気づくと思ってんの? ユーザーにとってはカッコイイ男とエロい女が全てでしょ?」
「でも、このタイトルは練り込まれた世界設定を売りにしてますし、それに沿ったデザインにしないと……」
「そんなの開発側のオナニーだろ? とにかく、オレがダメだと言ったらダメなの。今日中に修正しといて」
「え……今日中……ですか?」
「明日の朝イチでクライアントに見せるから。……何? 文句ある?」
「…………いえ」
「ったく。前任はお前にキャラデザ任せきりだったけど、これからはオレが全部チェックするぞ」
その日、由良が帰ろうとした時、すでに時計の単身は10を指していた。デザイン部の区画は、電気がほとんどが消されいて、塩屋の席の周りだけが煌々と照らされていた。この頃、塩谷はMODEL-ABCの主力タイトル『フェンリスヴォルフ』のチーフデザイナーとなっていた。
「ああ、大星さん。遅くまでお疲れ」
「多分、塩谷さんが最後ですよ」
「大丈夫、鍵はオレがかけておくから」
「じゃなくて……ここんとこ、塩谷さん毎日最後ですよ。大丈夫ですか?」
「ちょっと仕事溜まっちゃててさ。明日は早上がりするから、今日はやれるだけやっておかないと」
そう言いながら、塩谷はPCのディスプレイに目線を移した。ウィンドウの隙間から見える壁紙には動物園で撮ったらしい少女の満面の笑みが写っている。
「あ、そうか。 おめでとうございます! おいくつでしたっけ?」
「5歳。子供の成長ってあっという間だよね。ほら、プレゼントももう買ってあるんだ」
デスクの下には家電量販店の紙袋が置かれている。その口からはピンクの紙でラッピングされた箱がちらりと見えていた。
「娘さん、喜ぶといいですね!」
そう声をかけて由良は退勤したが……その翌日、塩谷は早上がりどころか、翌朝5時までそのデスクの前に縛り付けられる事となった。
フェンリスヴォルフは剣と魔法のファンタジー世界を舞台としたスマホ向けRPGだ。美麗なキャラクターや派手な演出のバトルで売っている、アプリゲームとしては超正統派のタイトルだ。
そのキャラデザの大部分を塩谷が手掛けていた。もともとファンタジーや西洋史への造詣が深かった塩谷にとっては得意中の得意分野であり、会社も塩谷のセンスを全面的に信頼し、多くの裁量を彼に与えていた。
塩谷も、そんな期待を感じていたからこそ自分の仕事にプライドと責任を持ち、精力的に仕事をしていた。
しかし塩谷は、この愛娘の3歳の誕生日を境に変わってしまった。
「いい加減な仕事してんじゃねえよ塩谷! こんなキャラデザで客が納得するわけねえだろ!!」
夕方、そんな怒声がフロア全体に響いた。前任の退職に伴って、フェンリスの新ディレクターになった高野だった。
「何、このクソダサい鎧? ニワトリなんか胸につけていかにも弱そうじゃん」
「ニワトリはウィロニア公国の象徴という設定で、夜の眷属タルギアスを倒し朝をもたらすという意味があって……」
「そんなゴタク、ユーザーが気づくと思ってんの? ユーザーにとってはカッコイイ男とエロい女が全てでしょ?」
「でも、このタイトルは練り込まれた世界設定を売りにしてますし、それに沿ったデザインにしないと……」
「そんなの開発側のオナニーだろ? とにかく、オレがダメだと言ったらダメなの。今日中に修正しといて」
「え……今日中……ですか?」
「明日の朝イチでクライアントに見せるから。……何? 文句ある?」
「…………いえ」
「ったく。前任はお前にキャラデザ任せきりだったけど、これからはオレが全部チェックするぞ」