アクリルガラスの壁の向こうに数人の人影が見えた。そのうち二人は見覚えがある。うちの社長と高野だ。

「行きましょう!」

 桃井の合図で部屋を飛び出す。由良は彼らの前に立ちふさがった。エントランスから真っすぐ伸びるメイン通路。左手には今出てきたような小会議室のドアが並び、右手はアナナスのロゴマークであるパイナップルが描かれた壁。一本道。逃しはしない!

「お前ら、何でここに!?」

 高野と社長は動揺する。その横のスーツの人物、綱川は桃井に尋ねた。

「桃井くん、どうしました?」
「社長、お時間はとらせません。MODEL-ABCさんのもう一つの企画に目を通してくれますか?」
「もう一つ……?」
「お願いします!」

 由良は一歩前に足を踏み出し、手にした企画書を彼らの前に掲げた。

「大星! どういうつもりだお前!?」

 場もわきまえずに高野が声を荒げる。が……

「おお、これは……」

 綱川社長は由良の企画書を手にとると、目を細めて表紙のイラストを眺めた。
 それは、斧田が清書したロードマップに手を加えたものだ。男の子と女の子、表情豊かな二人のキャラクターが描き加えられている。
 それは光が丘のアパートで、塩谷に依頼したものだった。世界観を決定づけるようなイラストを描いて欲しい。様々な経験をしながら、たくさんの知識に触れて成長していく少年少女を。それが由良が塩谷に求めたものだった。

 そのイラストを見た斧田は、さらに触発され昨夜ギリギリまでかけてロードマップをブラッシュアップしてくれた。この表紙は、大星プランを体現する最高の出来のものだった。

「うん! 塩谷さんは、相変わらず生き生きとしたキャラクターを描いてくれる」

 綱川は嬉しそうに言った。アナナスの社長が……塩屋さんの事を知っている? そうか。表紙を見るだけでも興味を持ってくれる、桃井の言葉の意味がわかった。

「不思議だったんですよ。高野さんの企画、なぜメインデザイナーが塩谷さんじゃないのか、と。こちらを担当されていたんですね」
「いや、その……」

 高野は口ごもる。すかさず、由良は説明する。 

「いえ、これはフリーで活動している『そるてぃあ』というフリーの絵師さんによるものです。塩谷は……先日弊社を退職しました」
「え、どういう事ですか?」

 高野の額に、脂汗がにじみ出ている。明らかに焦っている。

「綱川さん、非礼をご容赦ください。この二人には私の方から言って聞かせ……」
「その絵師さんは!!」

 高野の言葉を遮るように、由良は続けた。

「ある事情で、大切な娘さんと離れて暮らさなければならなくなりました。父親として成長を見守りたかったはずなのに、それが叶わなくなってしまったんです」
「それは……何と言えばいいのか……」
「だから、私は間接的であっても、彼に子供を導くようなことをしてもらいたかった。それで、ICT教育をテーマとしたこの企画への参加をお願いしたのです」
「…………」
「綱川社長! 5分……いや、2分で構いません! この企画の説明をさせてください!」
「わかりました。私も時間がありませんので手短にお願いします」