「大星さん、こちらが『アナナス』第3企画部の桃井さん」
「初めまして、よろしくお願いいたします」

 社外の人間と顔を合わせることは殆どない仕事のため、未だに名刺交換は慣れない。たどたどしい手付きで相手に自分の名刺を差し出し、「頂戴します」と言いながら相手から受け取る。
 堀部の指示通り、『アナナス』本社に直行した由良は、社内の小さな会議室に通された。さすが大手エンタメ企業。『MODEL-ABC』の社屋よりも遥かに大きいし、綺麗だ。この会議室も、周囲が全部アクリルガラスで囲まれていて部屋が光に満ちているように明るい。

「私は、以前は第2企画部にいまして、『MODEL-ABC』の担当だったんです。実は一度会っているのですが、覚えてますかね」
「あ、やっぱり。一度、うちのスタッフに挨拶されましたよね?」

 桃井というスーツの男性に、たしかに見覚えが会った。『フェンリスヴォルフ』の企画立ち上げ直後、開発スタッフに挨拶がしたいと、オフィスを訪れたことがあったのだ。

「あの後、別プロジェクトに移動になったんですけど、実はずっと気にかけていたんです。当初、我々が思い描いていたゲームと様変わりしていたので」

 ああ、そうだったのか。『アナナス』にもいたのか。高野がディレクターになってから抱き続けていた不満。それを分かち合える人が、外の世界にいたのは、由良にとって救いだった。

「そしたら昨日の夜、堀部さんから連絡がありまして。話を聞いてみたら、ちょっと看過できない状況になっていたので一計を案じることにしました」
「本当、ありがとうございます!」

 堀部は桃井に頭を下げた。

「アポ無しで社長に直談判することになりますから、私にとっても賭けですよコレ。けどやらなきゃ駄目だと思います!」
「えっと……なにをされるつもりですか?」
「今、うちの社長の綱川が、御社の社長やディレクターさんと打ち合わせ中です。我社で検討している新企画のプレゼン、そこはご存知ですよね?」

 由良は頷いた。

「会議は11時までの予定です。それが終わったら、彼らはエントランスへ向かってこの部屋の外の通路を通る。そのときに、彼らにあなたの作った企画書を綱川に見せてください」
「えっ!? 社長さんに……ですか?」

 まだ社内でのゴーサインも出ていない資料を、いきなり大企業のトップに見せろというのか?

「大丈夫。堀部さんいドラフト版を見せてもらいましたが、多分綱川は表紙を見るだけでも興味を持ってくれると思います。その後の5分が勝負です!」
「大星さんの説明が終わったら、あとは俺たちに任せてくれ」
「……わかりました」

 腹をくくろう。今ここで、高野を止める。ここが決戦の地だ。