斧田が折れてからも、地道な作業は続いた。ある時はひとりひとりと、ある時は皆を集めて、盛んに意見交換を行った。
 その成果を、由良は資料に反映していく。企画自体へのアイデアだけではない。デザイナーから見てこういう図があると分かりやすいとか、プログラマー的にはこういう説明があると自分の仕事をイメージできるといった、それぞれの職種から見た企画書への修正案も出された。
 大星プランは日に日に洗練されたものになっていった。

 完成度もだいぶ上がり、そろそろ役員会に出して高野の出方を見ては、という意見も出てきた。そんなときだった。

「……失礼します」

 由良は、会議室に呼び出された。ホワイトボードの前には、すでに高野が座っている。直接呼び出されたのはこれが初めてだった。

「なんかやってるらしいけど、アナナスにプレゼンでもしたいの?」

 相変わらず、挨拶もなにもなく、不躾に本題を切り出す。
 「出来ればそうさせて欲しいです」と言いかけて、由良は言葉をとっさに飲み込んだ。「出来れば」ってなんだよ!? 一世一代の勝負を、なんでコイツの一存に預けなきゃいけない。自身を持て、大星由良!!

「……はい。私がアナナスの担当者さんにご説明します」
「ふぅん……」

 高野はクリップで留められた紙束をバサリと会議卓の上に放り投げた。表紙には『フェンリスヴォルフ for KIDS』と書かれている。
 由良は黙ってそれを手に取り、中を見た。

 由良は、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。高野が書いたらしいその企画書は、フェンリスヴォルフの低年齢版のものだった。世界観はそのままに、暴力・性的な表現を押さえ、そこに教育の要素を取り入れるというものなのだが……。

「これ……」

 問題はその教育要素の説明箇所だった。フェンリスの世界観の中で主人公は作物を栽培し、精製・調理し、市場で売る。その過程で、理科や社会、家庭科の勉強ができる。

 それは大星プランと全く同じものだった。

「どういうことですかコレ……?」
「明日、その企画をアナナスに持っていくから、君らの企画ごっこは今日までにしてくれ」
「ちょっと待って下さい!」

 由良は思わず、その企画書を卓上に叩きつけた。怒りで思考が滑る。ごっことは何事だ? どこで大星プランを知った? 丸パクリなんて恥を知らないのか? 高速で言いたいことが脳内を駆け巡るが、それが言葉にならない。

「なんで……ここまでするんですか?」

 ようやく出てきた台詞がそれだった。今、由良の中に渦巻く全ての怒りが、この問いに繋がっている。

「この前に飲み会。お前と堀部の二人、途中で消えたろ? ちょうどオレが塩谷の話してる時だ」

 は?

「ああもあからさまだとさ、さすがにオレだって怒るよ? 当然だろ?」

 何を言ってるの?

「お前、塩谷と一緒にいること多かったもんな。好きだったんだろ? だからオレを恨んでるんだろ?」

 日本語を……喋ってるんだよね?

「そういえばアイツを奥さんと別れたんだっけな。チャンスだぜ由良ちゃん♪」
「ふざけ……ふざけないでください」

 呼吸が荒くなる。脳の血流がおかしくなってるのか、視界が明滅する。

「度を超えた侮辱です……許される事じゃない……」
「許さねえのはこっちだ!!」

 怒声。その勢いに思わず肩が跳ね上がる。そんな反応をしてしまったことが悔しく、思わず涙が流れた。

「お前らが仕事そっちのけで遊びに興じてるのを、今日まで黙認してやってんだ!?」
「遊びですって!? 私達がやっていたのは……!!」
「とにかく! 今日中に解散しろ。明日以降、まだママゴトやってたら本当に潰すからな!!」