「…………塩屋さんが倒れた後」

 斧田が口を開く。由良は顔を上げず、頭を垂れたままの体勢でそれを聞く。

「僕なりに少し抵抗したんだ、高野さんに。キャラデザの方針はもちろん、イベント施策やアプリの追加機能なんかについても。実際にゲームを遊んで、自分なりに思ったことをまとめて、ぶつけた。……全部鼻で笑われたけどね」

 だからか。その一件があったから、高野はこの人をアタシにけしかけたら混乱すると考えたんだろう。

「それからは何もかも諦めて、言うことをハイハイ聞くだけに切り替えた。でなきゃ、今度は僕の番だったろうから……」

 その声色には、自己嫌悪の色が見えた。

「けど、駄目なんだ……不満は消えなかった。だから、この企画を知って、一年前出来なかったことをやってやろうと思った」

 この人もまた、高野の被害者の一人だ。表に出てこないだけで、社内には同じような無念が至るところに渦巻いている。

「大星さん、それで僕は何をさせたいの?」
「お話を、聞いてくれますか?」

 ここでようやく、由良は頭を上げた。

「高野さんと違うっていうのなら、まずはそれを見せてよ。しばらくは大星さんの指示にしたがう。それで駄目だと思ったら、遠慮なく噛み付くよ?」
「それで結構です! それでしたらまずはこれを見てください」

 由良はカバンから別のファイルを取りだして、斧田に渡した。

「なっ!? これは……」

 斧田はファイルを開くと、目を丸くして息を呑んだ。

「それをベースに、世界設定を考えてください。必要ならば、参考資料をいくらでも用意しますので」
「いや、多分必要ないよ。ハハ……参ったな。こんなの見せられたら、本気だすしか無いじゃないか」

 食い入るようにファイルを見つめている斧田。その口元には笑みが浮かんでいるのを見て、由良は初めて自分のビジョンを人に伝えられたのだと実感した。