「これは……」
「デザイン部が作った、フェンリスの設定資料のボツ稿です」

 塩谷に教えてもらったフォルダに保存してあったものだ。実際にゲームに反映されている設定資料は別のフォルダで管理されている。これはデザイン部内で検討に使っていたものだ。

「正直、びっくりしました。微に入り細に入り、あらゆる方向性でキャラデザや世界イメージが描かれている。私が見た事があるのは完成稿だけだったので、フェンリスにこんなに色んな可能性があったって、今更ながら知りました」

 企画部が最初に提示したコンセプトには、北欧神話をベースにしたファンタジーだということと、主人公とヒロインのイメージ、それにストーリーに登場するいくつかの国家の設定しか無かったはずだ。
 それを元に、可愛い女の子が大勢活躍する華やかなバトル、ヴァイキングの屈強な戦士たちが活躍する海洋の冒険、超文明的なテクノロジーが入ったSFチックなガジェット、あらゆる方向性のラフ画が描かれていた。そしてそれらの世界全てに、血が通った住人たちの息吹が感じられた。

「この資料、殆どに斧田さんと塩谷さんの名前が入ってます。お二人で、本当にいろいろな角度から企画を見つめていたんですね」
「ま、まぁな……」
「斧田さん、あなたの戦場はここじゃないですか? 正直、ウチの企画部は、こういう世界観づくりが苦手です」

 フェンリスヴォルフの企画書がまさにそれを体現している。全12ページのスライドの中で、キャラや世界簡易言及しているのは1ページのみ。それ以外の殆どのページは、戦闘システムの概要とイベント施策案に費やされていた。しかし、その1ページがアナナスの心を動かして実現に至ったと聞いた事がある。

「アタシたちの弱点をお二人はずっとカバーしてくれていた……」

 その1ページを作ったのが、他でもない塩屋と斧田だったのだ。

「なのに現在のディレクターは、お二人の努力を顧みることはなかった。企画部のプランナーとして、あの人の代わりにお詫びします。申し訳ありません」

 由良は再び頭を下げた。さっきよりも深く、そして長く。