一通り話を聞いた後、塩谷はしばらく腕組みをしたまま黙っていた。無音の間が続き、由良が何か話し続けなければいけないのか、と思った時

「確か……今も変わってなければここだと思う。この中にあるファイルを見てみて」

 そう言いながら塩谷は、菓子の包装紙にアルファベットの文字列を書き込んだ。フェンリスヴォルフの共用サーバのアドレスであることはすぐに分かった。

「あ、ありがとうございます」
「それにしても……すごく良い企画だね。大星さん、りっぱなプランナーになったなぁ……」
「え? 本当に、そう思いますか?」
「ああ! もしまだゲーム業界にいたら、携わりたいと思ったかもしれない」
「まだ……ってことは、塩屋さんご復帰は……?」

 塩谷は笑った。穏やかな微笑みだった。

「少なくとも体調が戻らない限りは無理だよ。それにもう疲れた。懲り懲りと言ったほうがいいかな……?」
「そうですか……その、なんて言ったらいいか。塩谷さんのデザイン、大好きだったから……残念です」
「はは、お世辞でも嬉しいね」
「そんな! お世辞なんて!!」
「ありがとう。けど絵を描くことは出来るからさ。そうだ! よかったらコレ見てよ」

 塩谷は立ち上がると、隣の部屋へ入っていった。そしてすぐにタブレットを持って戻ってくる。

「また、少しずつ描き始めてるんだ」

 そう言って見せてくれた画面は、イラスト投稿サイトのアカウントページだった。塩谷が趣味で描いていた、版権モノの女の子やモンスターの二次創作イラスト。中にはオリジナルと思しきキャラクターもいた。

「だいぶ前に作ったアカウントだけど、仕事で手一杯でさ。本格的投稿しているのはつい最近になってからなんだ」

 確かに、作品の投稿日付を見るとここ半年に集中している。その中の一枚に目が止まった。この半年の中では最初に投稿されているイラストだ。

 二次創作ではなかった。女の子がランドセルを背負って微笑んでいる入学式のイラスト。タイトルは無い。その無題の作品が描かれたのは夏の終り。季節外れの一枚だった。

『5歳。子供の成長ってあっという間だよね』

 塩屋がそんな話をしていたのが2年近く前だから、今年の春に入学式があったはずだ。それもきっと、塩谷のいない場所で、塩谷の知らない学校で……。

「塩谷さん。実は……もう一つお話があるのですが……」

 気がつけば由良は口を開いていた。つい数秒前まで、全く考えもしなかった話だった。