大江戸線光が丘駅。ラインで教えられた住所を目指し、駅前の巨大な団地と公園を通り抜ける。

 由良のアパートがある新江古田からも近いこの街に、かつての塩谷家はあった。一度だけ、彼の家族と会ったことがある。それぞれの最寄り駅の中間にある豊島園でだ。由良は映画を観に、塩谷家は娘のおもちゃを買うために訪れて、改札前の広場でばったり遭遇したのだ。
 あの時は、数年後にあんな事になるなどと思ってもいなかった。塩谷さん本人もそうだったに違いない。

「大星さん! 久しぶり」
「ご無沙汰しています。急にご連絡してすみません」
「いいよ。ちょうど東京(こっち)に戻ってた所だったし」

 久しぶりに見た塩谷の人相は、変わっていた。
 顔の輪郭が一回り膨らんだように見える。特に顎の線が明らかに一年前と違う。メンタルの薬は太りやすくなる、なんて話を聞いたことがあるけどそれが原因か?
 まぶたの下や頬もやや垂れ下がり、年齢以上に老けて見える。そして何より、髪の所々に見える白い毛の本数に、由良はショックを覚えた。

「これ、どうぞ」

 昨日、池袋のデパ地下で買ったお菓子の紙袋を渡す。

「ありがとう。さぁ入って。見ての通り、何のおもてなしも出来ないんだけど」

 そう言って、塩谷は段ボール箱に囲まれた部屋に迎え入れた。

「嫁も娘も出ていったし、この部屋は引き払うことにしたんだ。俺もほとんど実家ぐらしで、もう誰も使ってないからね」
「ご実家って、どちらでしたっけ?」
「伊豆の西側の方。何もないけど休むには良い所だよ。嫁には逃げ出したって思われたらしいけど、東京は息が詰まりそうでさ……」

 塩谷は一度封をしていたらしい段ボールから、カップを二つ取りだして紅茶を注ぎ入れた。そして由良が持ってきた焼き菓子とともにテーブルに並べる。

「……で、聞きたいことって?」
「あ、はい……」

 由良は口ごもる。大星プランについて、斧田について、本当にこの人に話していいのか? いや、そもそもここに来るべきではなかったのでは?
 堀部の提案を聞いた後、由良はずっと迷い続けていた。自分のやりたい事を通すためとはいえ、あんな目に遭った人を利用するのは許される事なのか?

「言い辛そうにしてるって事は……会社の事だよね? 高野さんとか?」

 塩屋の声は穏やかだった。まだ由良が入社して間もない頃、デザイン画の修正ポイントを聞き出すときも、この人はこんな口調だった。

「はい。けど、高野さんは直接は関係ありません」

 ここまで押しかけていて何も言わずに帰りでもしたら、それこそこの人に失礼だ。かつての恩人そっとしておく、そんな選択肢を既に捨てている由良がやるべきことは一つしか無い。

「実はアタシ、今企画書を書いているんですけど……」