「会議室、何話してたの?」

 会議室から戻ってくるやいなや、背後から声をかけられた。反射的に、背筋がビクリとこわばる。高野だ。つい今、堀部から打倒を頼まれたラスボスが、そこに立っていた。

「あ、高野さん、お疲れさまです」
「何話してたの?」

 高野は挨拶を返さず、質問を繰り返した。この態度は、毎度のことだった。社内ですれ違う時などに「お疲れさまです」と会釈しても、この男がそれを返すことは絶対になかった。どんなにはっきりと、どんない大きな声で挨拶しても、無視を決め込む。そういう所も、コイツが嫌いな理由の一つだ。

「えっと、ちょっと相談事に乗ってもらったんです」
「相談事?」

 高野は痩せぎすの身体を揺らしながら由良の顔を覗き込んできた。

「オレじゃなくて、プログラマの、それも外注の堀部さんに?」

 その視線と目があった時、由良の二の腕にぞわっ鳥肌が立った。なんでだろう……すごく、濁っている。そう感じた。常に人を見下し、猜疑の眼差しでしか見ることが出来ない、そんな目だ。

「あっ! アレか!! オレの悪口?」
「そっそんなわけ無いじゃないですかー!」

 即座にそう返した。高野の疑念をかき消すように、懸命に笑みを作って。

「そう? あー、よかった。パワハラで訴えられでもしたら大変だもんな」

 そう言うと、高野はニタァっと笑った。限界だ。誰か助けてくれ。由良は心の中で救いを求める。
 飲み会の席でもそうだったが、高野は事あるごとに「パワハラ」という言葉を持ち出してくる。塩谷を追い込んだことに、この男なりに負い目を抱いてるのか? けど、それで態度を改めるわけではなく、まるで予防線を張るようにその言葉を使うあたり、本当に救いがない。

「まぁいいや。そんなことより、バレンタインイベントのセリフテキスト、いつあがるの?」
「えっと、今ライターさんにリテイクしてもらってて、明日には上がるはずです」
「駄目。今日中」
「は?」
「どうせ、ライターなんて締め切り守らねーんだから。今日中だって言って追い込むんだよ。早くそのくらいやれるようになって」
「……はぁ」
「…………何?」
「いえ……わかりました」

 由良が返事をすると、高野はやはり何の返答もせずに踵を返して自席へ戻っていった。

『独裁者の座から引き摺り下ろしてこの会社を変えるんだ!』

 堀部の言葉。そうだ。誰かがやらないといけない。誰もやらないなら……アタシがやるしか無いんじゃないか?