「政宗がYouTuber……」


 花は堪えきれずに、思わず「プッ!」と噴き出した。


「ふ……っ、アハハッ。仮にも龍神様がYouTuberって……っ。うん、めちゃくちゃ再生回数稼げそう! 多分、世界初の神様系YouTuberだよ!」


 花が笑えば、政宗は「笑うな!」と吠えたが、それ以上は噛み付いてはこなかった。

 黒百合に揶揄(からか)われていたのだということを、政宗も今回の現世の旅の途中で気がついたのだろう。

 政宗の意外にも純粋な一面を見た花は、いつの間にか政宗に対する壁のようなものを感じなくなっていた。


「あー……。なんか……いつも、今みたいに弱ってたらいいのに」

「テ、テメェ……っ。さっきから聞いてりゃ、人のことを馬鹿にして笑ったり、調子に乗りやがって……っ」


 政宗はまた花を威嚇したが、羞恥で赤く染まった顔で吠えられても怖くもなんともない。


「ごめんごめん。だけど、今みたいにしてくれてたら、すごく話しやすいんだもん」

「ケッ……」

「でも……うん。私、政宗が起きたら一番に謝らなきゃいけないと思ってたことがあったんだ」

「俺に謝らなきゃならねぇことだ……?」


 そこまで言うと改めて姿勢を正した花は、真っ直ぐに政宗の瞳を見つめた。


「まず、私、黒百合さんから政宗のお父さんと……お母さんのこと、聞いた。勝手に聞いちゃって、本当にごめんね。あと、話を聞いたあと、事情も知らない私が家族のことを色々言ったら、政宗が怒るのはもっともだと思った。本当にごめん」


 座ったままで花が頭を下げれば、政宗は眉根を寄せて天井を見上げた。


「でも私は話を聞いて、政宗は間違ってないと思ったよ」

「あ?」


 花が断言すると、政宗は驚いたように目を見開いて固まった。

 そんな政宗を見て静かに微笑んだ花はまつ毛を伏せると、膝の上に載せた自身の手を見つめて、再びぽつりぽつりと話し始める。


「実は私もね、お母さんを七歳のときに亡くしてるんだ」

「お前も母親を……?」

「うん。それで、大学を卒業するまでは父とふたり暮らしだったんだけど。そのお父さんが、超がつくほどのお人好しでさ。おかげで、私は子供の頃から貧乏生活を余儀なくされて……。その影響で今でも、食い意地だけはいっちょ前なんだよね」


 ヘヘッと花が声を零して笑えば、政宗は返事に困った様子で難しい顔をした。


「でもね、私はお父さんのことは恨んでないよ。そりゃ、色々不満に思うことはあったけど、なんだかんだいっても、お父さんが私を愛してくれて、大切にしてくれてたことを知ってるし、私もお父さんのことが大好きだから」


 顔を上げた花は、もう一度真っ直ぐに政宗の瞳を見つめる。


「本当は政宗も……お父さんのこと、嫌いってわけではないんでしょう?」

「なにを……っ」

「私、ここに戻ってきたニャン吉くんの話を聞いてから、ずっと考えてた。それで今、政宗の話を聞いて思ったの。政宗は本当は、若旦那を辞めたいなんてこれっぽっちも思ってなくて、いつでも神成苑に連れ戻されてもいいって思ってたから、はじめの頃、つくもでの仕事をわざと適当にやっていたんじゃない?」


 そう考えると、すべての辻褄が合うのだ。

 花の問いに、あからさまに政宗の目が泳いだ。

 それを見て花は、自分の憶測が間違っていないことを確信する。

 そもそも政宗は、『若旦那を辞めて現世で生きていくこと』を認めてもらうために、つくもにやってきた。

 つくもで二ヶ月間真面目に働いて、『ひとりでも生きていけること』が証明できれば、政宗の願いを叶えると、父である神成苑の大旦那が約束したからだ。

 それなのに初めの頃、政宗が一向にやる気を見せないことを、花はずっと不思議に思っていた。

 しかし政宗は最初から、若旦那を辞めて現世で生きていくつもりなどなかったと考えれば、当初の政宗のつくもでの勤務態度の悪さも全て納得がいく。

(政宗は別に、『ひとりでも生きていける』と認められる必要なんてなかったんだ)

 本来であれば仕事ができるはずなのに、敢えて手を抜き続けていたのも、自分の父である神成苑の大旦那に『認められない』ためだったのだ。