「なに、今の……」

 しばらくは呆然と立ち尽くしていたけれど、だんだんムカついてくる。
 勝手に言うだけ言っていなくなるなんてひどすぎる。ほんと、クロとシロには振り回されてばかりだ。
『よくがんばったな』そう言ってくれたクロはうれしそうでいて、どこか悲しそうに思えた。

 改めて交差点を見ると、事故に遭ったときのことは容易に思い出せる。
 その記憶自体が間違いってことなのかな。

 ううん、そんなはずはない。

 車のブレーキ音も、運転手の驚いた顔も、倒れたアスファルトの冷たさもぜんぶリアルだった。

 薄暗くなった世界に、横断歩道の信号が点滅をはじめた。
 行き交う車もライトを点灯しだしている。

「あれ……」

 そもそも、あの事故の日、私はどうしてここに来たのだろう?
 公園で夕日を見たあとに来たのかな……?
 いろんな記憶を当てはめてみると、どれもしっくりこない気がした。
 記憶のフタを開けるにはどうすればいいのだろう。まるで思い出すことを拒否しているみたいに、記憶のピントがうまく合わない。

 信号機が青に変わった。車が停止線で停まる。
 車の開いた窓からラジオのニュースが流れている。

「そういえば……」

 クロは、どんな手を使っても、という言葉を強調していた。それってどういう意味なんだろう。ああ、わからないことだらけだ。
 しょうがない、とりあえず今日は保健室に戻ろう。

 もと来た道を歩きだすと同時に、
「七海ちゃーん」
 向こうからシロが駆けてくるのが見えた。

「シロ!」

 ああ、私が不安になるといつもシロが駆けつけてくれる。
 気づけば私も走っていた。
 橋の中央でお互いにハアハア、と息を切らしてから少し笑った。

「今から帰るところなの?」

 目を丸くして尋ねるシロに、私はクロが言っていたことを伝えた。シロは苦しそうに胸を押さえながら、話を聞いてくれた。

 すべて話し終わった私にシロが言った答えは、
「うーん。よくわからない」
 だった。
 人に話すことで、自分の気持ちや考えが整理できることがある。今の私も同じ状態で、シロに話をしながら、ひとつの考えが浮かんでいた。

「クロが、思い出せないならどんな手を使ってもいい、って言ってたの。てことは、調べていいってことだよね?」
「そうだとは思うけれど、どうやって調べるの?」

 まっとうな返しをするシロに、
「新聞」
 と、伝える。

「新聞って読むやつ?」
「そう。あの日の事故が新聞に載っているかもしれないでしょう? それを見れば正解がわかるかも」
「さすが七海ちゃん、それってすごくいいアイデアだよ!」

 ぱあっと目を輝かせてから、シロは再び難しい顔になった。

「でも、そんな前の新聞って見られるものなの?」

 学校の建物が近づいてきた。
 暗闇に浮かんでいるシルエットだけの校舎は、なんだか迫力がある。

「図書館とか図書室には過去の新聞を閲覧できるパソコンがあるんだよ。図書館はもう閉まっているけれど、学校のパソコンだったら電源の入れかたもわかるかも」

 言いながら、それしかない気持ちになっている。校門をすり抜ける私に、シロが続いた。

「じゃあ、図書室探検だね!」

 明るいシロがいれば、夜の図書室だって怖くない。
 私たちは二階にある図書室へ足早に向かった。