いつか、眠りにつく日3

 病院の建物を出ると、空には今日も夕焼けが広がっていた。
 まだ薄いオレンジ色が、これからどんどん深まっていくのだろう。
 駐輪場のそばでクロは待っていてくれた。

「待たせてごめんね」
「いや、別にいい」

 そっけなく言ってから、クロは私をまじまじと見た。

「なんか元気になったみたいだな」
「自分のために泣くってすごいね。すごくスッキリした気分」

 歩きだすクロについていく。ああ、やっぱり体がすごく軽い。

「なんだか生まれ変わった気分だよ」

 不謹慎(ふきんしん)なジョークにもクロは振り返らずに歩き続けている。
 未練解消の期限まであと何日あるのだろう。今なら本当の未練を見つけられる気がした。

 やがて、高校の建物に着くけれどクロは足を止めることなく校門を通り過ぎた。

「え、保健室じゃないの?」

 尋ねてもまるで無視。足が長いクロについていくのも、今の私には余裕だった。
 やがて大きな橋が見えてくる。

「あ……ここって」

 私が事故に遭った交差点に向かっているんだ。
 どういうこと……?
 今でも車に轢かれた瞬間のことは覚えている。
 思い出したくない最後の記憶。
 少し肌が汗ばんでいるのは、緊張のせいだろう。

 橋を渡り切った交差点でクロは足を止めた。
 やっぱり、ここに連れてきたんだ……。

「本当の未練を思い出させるために連れてきたの?」
「いや」

 振り向いたクロが短く否定した。しばらくの沈黙のあと、クロはなぜか唇に笑みを浮かべていた。

「七海、よくがんばったな」
「……え?」

 意味がわからずキョロキョロする私に、クロは一歩近づいた。

「この一カ月半の間、いろんな未練の相手に会ったよな」
「あ、うん……」
「あとはここでなにがあったかをちゃんと思い出せば終わりだ」
「だから、本当の未練のことでしょう?」

 言っている意味がわからずに聞き返すけれど、クロはまた首を横に振った。

「そうじゃない。あの日、なにがあったのかをちゃんと思い出してほしい。そうすれば、お前の苦しみは終わるだろう」
「……ごめん。ちょっと混乱してる」

 素直にギブアップ宣言をするけれど、クロはふっと笑いをこぼすだけ。

「あと一歩だ。どんな手を使ってもいい。自分で最後の記憶を取り戻せ」
「それって――」

 口を開くと同時にクロは右手を挙げた。すぐに白い煙が彼の体を包む。

「ちょっと待ってよ。全然、意味がわからないよ」
「その場所で待っているから」

 そう言うと同時にクロの体は消えてしまった。
 残った煙もすぐに空気に溶けてしまう。