「見ての通りだ」

 うしろでクロがそう言う。

「七海の未練のなかにその人は入っていなかった、ということだ」
「そんな!?」

 もう一度おばあちゃんを見る。大好きだったおばあちゃん。
 入院したときは本当に心配したし、ずっと元気になることを祈っていた。

 それなのに……未練じゃないの?

 窓辺に立つクロが、
「受け止めろ」
 そう言った。

「未練は、七海が最後に思った後悔のこと。つまり、最後にお前は祖母のことを考えていなかった。それだけだ」
「でも、でもっ!」

 すがるようにクロのスーツの袖をつかむ。

「今はすごく会いたいって思っているよ。なのに話もできないの? さよならを伝えられないの? 会えないの? もう二度と会えないの?」
「そういうことになる」
「ひどいよ! こんなのひどすぎる!」

 悔しくて悲しくて、それでもどうしようもないなんて……。

「七海、聞け」
「嫌! 聞きたくない!」

 顔をそむける私の頬を、クロは両手で(はさ)んでその顔を近づけてきた。

「いいからよく聞くんだ。人間てのは(おろ)かな生き物だ。失ってからはじめて後悔をする。その後悔にも優先順位があり、漏れた後悔にすら後悔する」
「…………」
「だったらなんで生きているうちに後悔を減らそうとしなかった? 生きていれば、いつでも大切な人に大切だと言えたはずだろう。〝忙しい〟〝眠い〟で、あとまわしにしてきた〝いつか〟を嘆くのはよせ。ぜんぶ、お前自身が選択してきたことなんだよ」

 じっと見つめるクロに、
「息ができない」
 そう言うと、やっとクロが手を離してくれた。

 はあはあ、と息を吐きながらおばあちゃんを見る。
 クロが言っていることは正しい。ここに来なかったのは私の意思だ。
 おばあちゃんだけじゃなく、お母さんにもお父さんにもちゃんと話をしてこなかった。気持ちを伝えていなかった。

 そばにいる人のことをいて当たり前だと思っていたのは、まぎれもなく私自身なんだ……。