「泣かないんだな」

 気づくと肩に置かれた手はなく、クロは数歩先にいた。

「泣かないってどういう意味? そんなこと今、どうでもいいじゃん」
「どうでもよくないんだよ」
「じゃあ教えて。あいまいなことばっかりでわからないよ。ちゃんと教えて。ねえ、教えてよ!」

 なにがどうなっているのかわからない。でも、違和感があるのは本当のこと。クロもシロもなにかを隠しているんだ。
 キッとクロをにらむけれど、意外にも目の前にあったのは笑顔だった。

「お前は、本当にくだらない想像ばっかりしてるな」
「……違うの?」

 クロは笑みを浮かべたまま私に近づくと、首を横に振った。

「昔な……。今お前が言ったような未練解消をやったことがある。ピーピー泣く女子で大変だった。あんな思いはもうごめんだ。安心しろ、お前の予想は間違っている」
「みんな生きているんだね。よかった……」

 はあ、と心から息をつく私に、クロは腕を組んだ。

「お前の祖母は元気な姿で部屋にいる。退院も決まったそうだ。寿命はまだまだ残っている」
「じゃあなんで、あんなこと言ったのよ」

 これから起きることを受け止めろ、なんて言われたら誰だって悪い想像しちゃうじゃん。なにも言わないクロの横をすり抜け、部屋の前に立つ。

 おばあちゃんに会えるんだ。

 ノックを三回してからドアを開けると、おばあちゃんがベッドの上に座り本を読んでいた。
 ああ、会えた。おばあちゃんに会えた。
 病院着にカーディガンを羽織り、丸メガネをかけている。

「おばあちゃん」

 驚かせないようにそっと声をかけて近づく。前に会ったときよりも顔色がいいし、腕につながっていた点滴も外されたみたい。

「おばあちゃん、私が見える?」

 ベッドの横に立つけれど、おばあちゃんはじっと本を読んでいるだけ。

「おばあちゃん?」

 何度呼びかけても反応がない。
 よく見ると、おばあちゃんの体からは光が出ていなかった。

「え……」

 触れようとすると、あっけなく私の手はおばあちゃんの体をすり抜けた。