振り返るとシロが捨てられた犬みたいに悲しい瞳で見送っていた。
 そういえば、前におばあちゃんに会いたいと言ったときも反対していたっけ。

 クロとふたりでエレベーターに乗りこみ、おばあちゃんが入院している九階のボタンを押す。
 音もなく扉が閉まり、浮遊感(ふゆうかん)を伴いながらエレベーターは上昇していく。

「シロはおばあちゃんに会ってほしくないのかな」

 聞こえているはずなのに、クロはなにも言わずにじっと前を見つめている。
 扉が開くと、細長い廊下が続いていた。
 すぐにおばあちゃんの部屋が思い出される。

「久しぶりだな、ここ……」

 亡くなる前は忙しくてお見舞いに来ていなかった。いつだって行けると思っているうちに、あとまわしにしちゃっていたんだ。
 後悔のあと、ふと気づく。

「そういえば、私が死んだ病院ってここじゃなかったよね?」
「……ああ」

 あのときはおばあちゃんが亡くなったものだと思いこんでいたけれど、壁の色や照明がまるで違う。

「私はどこで……」

 言いかけてすぐに口を閉じた。なにか、忘れているような気がする。
 記憶のなかを覗いても、その断片は見つからない。
 同時に頭痛が生まれ、足を止めて目をキュッとつむった。
 思い出せないなにかは、ひょっとしたら自分で思い出さないようにしているのかもしれない。

 ふいに肩に重みを感じて目を開けると、クロの大きな手が置かれていた。

「今は集中しろ。これから起きることを、ちゃんと受け止めるんだ」

 見あげると、クロはまっすぐにおばあちゃんの部屋に視線を向けていた。
 嫌な予感がする……。
 とんでもない想像がジワジワと頭に浮かび、その形を現している。
 予感は口にすれば本当のことになってしまいそう。それでも、尋ねずにはいられなかった。

「ひょっとして……。おばあちゃんも……亡くなっているの?」

 シロは病院に行かせたがらなかった。ううん、それだけじゃない。

「侑弥や愛梨は? 私が会った人たちはちゃんと生きているんだよね? まさか、本当はみんな亡くなってるとか、そんなの……ないよね?」

 実はみんなも亡くなっている。
 それなら、これだけ探しても未練が見つからない理由が説明できる。
 私が会ったのは、彼らの未練解消のためだったとしたら……。

 震えているのは寒いからだけじゃない。恐怖がどんどん体を覆っていく、そんな感覚。どうしよう、もしもそれが本当なら、どうすればいいの。