「あれ……」

 そういえば、いつからバッグを持っていなかったのだろう。
 病院にいるときにはもう、持っていなかった気がする。

 まだ『遊んで』をやめないハチを置いてリビングを出た。
 階段をあがりながらこめかみのあたりを押してみる。割れそうなほど痛む頭は、きっとショックが原因だろうな……。
 
 部屋のドアを開け、電気をつけた。
 おばあちゃんが亡くなったというのに、お葬式のことや自分の体調について考えている自分が嫌い。
 机の横に投げ出されたままの通学バッグがあった。
 一度帰ってから病院へ行ったんだっけ? 自分がした行動なのに、なんでこんなに思い出せないのだろう。

 バッグからスマホを取り出す。とりあえずお母さんに連絡をしなくちゃ心配しているかもしれない。
 が、スマホは充電が切れているらしく、どのボタンを押しても反応してくれない。

 充電器ごと持って下におりると、落ち着いたらしくハチが窓辺に座っていた。

 もう大丈夫かな……。

 窓を開け、雨戸をハチが通れるくらいの高さまであげた。

「もう寝る時間だよ」

 そう言うと、ハチは名残(なごり)惜しそうに庭へおりた。
 紐につなぐと、あきらめたのか素直に小屋に入っていく。

「おやすみ、ハチ」

 戸締まりをしてからスマホを充電する。
 家の電話からかければいいのだろうけれど、お母さんの携帯番号を覚えていない。
 お母さんはすぐにキャリアを変えるクセがあり、去年あたりから番号を覚えるのをあきらめてしまった。今じゃ、スマホの電話帳に頼りっぱなしだ。
 待ちきれずにスマホに電源を入れようとするけれど、うんともすんとも応えてくれない。

 しょうがない。着替えている間に少しは充電がたまるだろう。
 立ちあがろうとしたときだった。
 玄関のドアがガチャガチャと音を立てたから思わず悲鳴が漏れそうになった。
 誰かが鍵を開けようとしている!?
 半腰で逃げる体勢を整えるけれど、あっけなくドアは開かれた。

「ただいま」

 姿を現したのは、スーツ姿のお父さんだった。
 仕事から帰ってきたのだろう、重そうな(かばん)を手にリビングに入ってきた。
 一気に緊張が解けるとともにしゃがみこんでしまう。

「もう、驚かせないでよね」

 そんなこと言われても困るだろうけれど、お父さんは意に(かい)した様子もなくソファに腰をおろした。

「なんだ、電気つけっぱなしか」

 ひとりごとのように口にするお父さん。
 どうしよう……。
 今度は違う意味の緊張に体が襲われる。
 お父さんは、おばあちゃんが亡くなったことをまだ知らないんだ。

 お母さんが連絡しているのかと思ったのに……。

「あの、お父さん」

 声をかけてからキュッと口をつぐんだ。
 なんて伝えればいいのだろう。
 明るく楽しい話題ならいくらでも出てくるのに、いつだって肝心(かんじん)なことは言えない。